「クリーピー 偽りの隣人」黒沢清監督のサスペンススリラー 日常の隣に潜む恐怖を描き出す
第15回日本ミステリー文学大賞で新人賞を受賞した前川裕さんの小説を、ホラーの巨匠、黒沢清監督が映画化した「クリーピー」が6月18日に公開される。西島秀俊さんが主人公の元刑事で犯罪心理学者の高倉を演じ、高倉が元同僚から依頼された一家失踪事件の分析に挑みつつ、自身も“奇妙な隣人”によって別の謎に巻き込まれていく……というサスペンススリラー。竹内結子さんが高倉の妻を演じており、“奇妙な隣人”を香川照之さん、そのほか東出昌大さん、川口春奈さんらが出演している。
元刑事の犯罪心理学者・高倉(西島さん)は、刑事時代の同僚である野上(東出さん)から、6年前に起きた一家失踪事件の分析を依頼される。しかし事件の唯一の生き残りである長女・早紀(川口さん)の記憶をたどるが核心にたどり着けずにいた。そのころ新居に引っ越した高倉と妻の康子(竹内さん)は、隣人一家にどこか違和感を抱いていた。病弱な妻と中学生の娘・澪(藤野涼子さん)を持つ主人の西野(香川さん)との何気ない会話に翻弄(ほんろう)される高倉夫妻。ある日、西野の娘・澪が、高倉に「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」という驚くべき事実を打ち明ける。未解決の一家失踪事件と隣人一家の不可解な関係に高倉が気づいたとき、康子の身に“深い闇”が迫っていた……というストーリー。
タイトルの「クリーピー」とは「ぞっとする、ぞくぞくする」という意味。その名の通り、香川さん演じる“奇妙な隣人”はスクリーンに映っているだけで独特の不気味さを醸し出している。黒沢監督とは4度目のタッグとなる西島さんや香川さん、初参加の竹内さん、川口さん、東出さんらのせりふのいい回しは舞台演劇のようで、平凡な日常の風景の中でせりふが奇妙に浮き上がり、心理的な恐怖をじわじわと演出することに成功している。
脚本は「東南角部屋二階の女」(2008年)で長編監督デビューした池田千尋さんと黒沢監督が共同執筆し、原作とは異なる展開で、奇妙な隣人に翻弄されるうちに闇に引きずり込まれる夫婦の恐怖を描き出した。また、黒沢監督とは名コンビのカメラマン、芦澤明子さんが監督こだわりのシネマスコープサイズの画面で日常に潜む闇を切り取った。こんな奇妙な隣人がいたら、康子のようにあっという間に闇に落ちてしまうかもしれない……。日常の隣に潜む恐怖を実感する秀逸なサスペンス作だ。映画は18日から丸の内ピカデリー1(東京都千代田区)ほかで公開。
「MARS~ただ、君を愛してる~」キスマイ藤ケ谷・窪田・飯豊でスリリングな三角関係描く
惣領冬実さんのマンガを実写化した映画「MARS(マース)~ただ、君を愛してる~」(耶雲哉治監督)が6月18日に公開される。複雑な過去を抱え刹那(せつな)的に生きる樫野零を演じた人気グループ「Kis-My-Ft2(キスマイフットツー)」の藤ケ谷太輔さんと、零に特別な感情と強い執着を持つ桐島牧生を演じた窪田正孝さんがダブル主演し、周囲から孤立して生きる麻生キラを飯豊まりえさんが演じた痛く切ない三角関係を描くラブストーリー。山崎紘菜さんや稲葉友さんらも出演している。
「MARS」は、1996~2000年に少女マンガ誌「別冊フレンド」(講談社)で連載されたマンガが原作。今年1月期に日本テレビで連続ドラマが放送された。心に傷を抱える零(藤ケ谷さん)とキラ(飯豊さん)は海で出会い、互いに引かれ合い、恋に落ちる。そこに零の死んだ弟・聖の親友・牧生(窪田さん)が転校してくる。零とキラのよき理解者のように見えた牧生だが、実は零の持つ「怒りに火がつくと抑えられない激しい凶暴性」という秘めた一面に強く憧れていた。キラと一緒にいることで変わりつつある零を許せず、牧生はキラの忌わしい過去を突き止め、2人を引き裂こうとするが……というストーリー。
ドラマ版に引き続いての実写化となる映画版は、冒頭に物語のバックボーンを解説するシーンがあるため、映画だけを見ても十分に楽しめる。ただ、牧生が執着するキラと出会う前の零の描写があまりないため、牧生の狂気にも似た行動原理が理解しにくく、もう少し盛り込んでほしかった感はある。そうはいっても、牧生を演じる窪田さんの演技は鬼気迫るものがあり、怖いくらいのはまり役だ。過去のトラウマを抱えつつも真っすぐで純粋なキラを演じる飯豊さんと、キラと出会ったことで大切な人を守る強さに気付いていく零を演じる藤ケ谷さんの好演が三者三様でドラマを盛り上げる。王道のラブストーリーかと思いきや、男同士の複雑な感情やサスペンス要素など異色の展開で思いのほか男性でも楽しめる。18日からTOHOシネマズ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。
「貞子vs伽椰子」 まさかの激突! 呪いのぶつかり合いの果てに待つのは!?
モデルで女優の山本美月さんが主演した映画「貞子vs伽椰子」(白石晃士監督)が6月18日に公開される。「リング」シリーズの貞子と「呪怨」シリーズの伽椰子という日本ホラー界の2大キャラの“最怖対決”を描いた映画で、偶然“呪いのビデオ”を入手したことで貞子の標的となるヒロイン・有里役で山本さんがホラー映画初主演を果たした。モデルの玉城ティナさんが伽椰子と俊雄の母子霊に脅かされていく鈴花役を演じるほか、安藤政信さん、佐津川愛美さんらも出演。ヘビーメタルバンド「聖飢魔2」が主題歌「呪いのシャ・ナ・ナ・ナ」を担当している。
女子大生の倉橋有里(山本さん)は、見たら2日後に必ず死ぬという“呪いのビデオ”を手にする。親友の上野夏美(佐津川さん)が映像を見てしまったため、有里は都市伝説の研究家でもある大学教授・森繁(甲本雅裕さん)に助けを求めるが、悪霊ばらい中に惨劇が起こってしまう。一方、女子高生の高木鈴花(玉城さん)は、引っ越し先の向かいにある“呪いの家”に足を踏み入れ、伽椰子と俊雄に襲われる。二つの呪いを解くため、霊能界の異端児・常盤経蔵(安藤さん)は貞子と伽椰子を激突させ同時消滅させる計画を立てる……というストーリー。
貞子と伽椰子が激突するという、ありそうでなかった対決には、ホラーでありながらも思いきり胸がときめいてしまった。とはいえ、怨霊同士をどのように戦わせるのかと興味津々に見ていたら、詳細な描写は控えるが、互いの呪いをぶつけて相殺するという思わず膝を打ちたくなるような展開に納得。ホラーキャラによる対決ものという異色作ながら、物語の序盤ではじわじわと恐怖心をあおっていくなど、正統派のホラー演出で背筋をひやりとさせてくれるあたりも抜かりはない。要素を盛り込みすぎたためか、終盤に向けて少し駆け足気味にも感じるが、テンポのよさと考えれば気にならない。貞子と伽椰子のバトルシーンは見応え十分で、ラストに向けて申し分のないインパクトがあった。エープリルフールネタから始まった企画が、ここまでの完成度を見せるとは驚かされた。18日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほか全国で公開。
「葛城事件」 三浦友和の壊れっぷりが見もの 崩壊していく家族の壮絶な物語
俳優の三浦友和さんが見事な壊れっぷりを見せる映画「葛城事件」が6月18日から公開される。父親の威圧的な振る舞いによって崩壊していく一家の悲劇で、劇作家であり演出家、俳優としても活躍する赤堀雅秋監督が、作、演出し、劇団「THE SHAMPOO HAT」が2013年に上演した舞台劇を改稿し、映画化した。赤堀監督にとっては「その夜の侍」(12年)に続く監督2作目となる。父親が“絶対的な権力者”だった時代を知る人には、複雑な心境を抱かせる作品かもしれない。
金物屋を営む葛城清(三浦さん)は、妻・伸子(南果歩さん)と、長男・保(新井浩文さん)、次男・稔(若葉竜也さん)の4人暮らし。念願のマイホームはすでに手に入れ、家を建てた当初、庭には息子たちがすくすく育つようにとミカンの苗木を植えた。思い描いていた理想の家庭を作れたはずだった。ところが、清の威圧的な振る舞いは徐々に家族を追い込んでいき……というストーリー。
映画の冒頭の裁判官の言葉に、まず衝撃を受けた。なぜ、そんな判決を受けるのか。なぜ、そんな事件が起きてしまったのか。長男のリストラ、思考停止に陥る妻、そして、次男が起こす事件……そこに至る過程を、過去と現在を往来させながら描くことで、人間の不器用さや愚かさ、人生の皮肉をあぶりだしていく。すべての原因は、清のうっとうしいほどの真っすぐさにあった。にもかかわらず、「俺も被害者なんだ。一体俺が何をした」と叫ぶ彼が、ただただ哀れだ。
それにしても、ここまで壊れた三浦さんは初めて見た。悪どさは、「アウトレイジ」シリーズ(10、12年)で演じたヤクザ以上。中華料理店でマーボー豆腐が辛すぎると店員にいちゃもんをつけるなど、決して褒められた父親ではない。しかし、ふと思う。清のように「一国一城の主」「一家の大黒柱」風を吹かす父親は、昭和の時代にはゴロゴロいた。それに、清が言っていることは、あながち間違ってはいないのではないか、と。昭和の時代に生まれ育った筆者としては、清を擁護しないまでも完全否定まではできず、いささか複雑な気持ちになった。ほかに田中麗奈さんらが出演。18日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほか全国で公開。 (りんたいこ/フリーライター)
「帰ってきたヒトラー」 楽しげにSNSを拡散していくヒトラー総統が空恐ろしい
ヒトラーが現代に現れて人気者になるという大胆な設定で大ヒットしたドイツの小説を映画化した「帰ってきたヒトラー」(デビッド・ベンド監督)が6月17日から公開される。タイムスリップしたヒトラーが、ものまね芸人と間違われて人気を博していくさまを描いたコメディー作。主演は、舞台出身のオリバー・マスッチさん。
アドルフ・ヒトラー(マスッチさん)は目覚めると、1945年から2014年にタイムスリップしていた。一方のテレビディレクターのザバツキ(ファビアン・ブッシュさん)は、仕事を失って特ダネを探していた。ザバツキは映像に偶然映りこんでいたヒトラーを、モノマネ芸人と思い込んでスカウトする。2人でドイツ全土を旅して国民の不満を聞いて回り、やがてヒトラーはテレビ番組に出演して人気を博していく……という展開。
冒頭は、現代で目覚めたヒトラーが、軍服をクリーニング屋に出したり、テレビの内容に驚いたりするコミカルな展開。ヒトラー役の俳優が七三分けとチョビヒゲの例の姿で街に飛び出し、人々の反応をそのまま映し出す試みもあって斬新だ。さらにさまざまな政党にも乗り込むという、エッジの利いたこともやってのける。だが、映画が進むにつれ、笑いがだんだん凍りついていくのを感じる。新聞を読み込み、国内問題を人々から聞いて回ったヒトラーは、現代の大衆が求めるものを簡単につかんだようだ。そして、70年前にはなかったSNSを駆使し、人気は楽に素早く拡散。そのさまは、軽くポップで、あくまでも楽しげだ。しかし、認知症のおばあちゃんが「こいつはヒトラーだ」と気づき、怒りをあらわにするあたりから、見る側も我に返る。テレビ、ネット、本だけでなく、映画にも登場し、メディアを席巻していく姿が空恐ろしい。
戦後、テレビがあんなに薄くなるほどの年月がたったのだが、人間の本質は変わっていないと気づかされる。社会不安をあおられた末に起きる同調と共感は、いつしか一かたまりになっていく。ヒトラーは言う。「大衆を煽動したのではなく、大衆が選んだのだ」と。「私は人々の一部なのだ」と。ヒトラーのラストの一言と、テレビディレクターの行く末に見る人はゾっとするだろう。17日からTOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区)ほか全国で順次公開。(キョーコ/フリーライター)