「S-最後の警官- 奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE」 海上でのスリリングな最終決戦
俳優の向井理さんが主演の連続ドラマ「S-最後の警官-」(TBS系)の劇場版「S-最後の警官-奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE」(平野俊一郎監督)が8月29日、公開される。向井さんが扮(ふん)する主人公・神御蔵一號(かみくら・いちご)が所属する「警察庁特殊急襲捜査班」(NPS)と綾野剛さん演じる一號のライバル・蘇我伊織が所属する「警視庁特殊部隊」(SAT)、そして“海神(ポセイドン)”こと「海上保安庁特殊警備隊」(SST)がそれぞれの使命と信念のもと、日本壊滅という未曽有(みぞう)の事態を回避するため、オダギリジョーさん演じる一號と蘇我の宿敵・正木圭吾らテロリストに立ち向かう。
「S-最後の警官-」は、「海猿」「DOG×POLICE」の小森陽一さんが原作、藤堂裕さんが作画を担当し、ビッグコミック(小学館)で連載中の人気マンガ。2014年1月期に放送された連続ドラマでは、プロボクサーを引退し、警察官になった異色の経歴を持つ一號が、犯人の「制圧」ではなく「確保」を目的とした警察庁の組織・特殊急襲捜査班(NPS)を舞台に、天才的な狙撃力を誇る特殊部隊(SAT)のスナイパー・蘇我らと時に反目、時に協力し合いながらも、日本の治安を守るため奮闘する姿を描いた。
劇場版は、バスジャック事件が発生し、現場へと急行した一號らNPSメンバーに、もう一つの事件発生の連絡が入る。それは、日本全土を燃やし尽くすほどの核燃料を載せた巨大輸送船が何者かによって乗っ取られたというもの。両事件の首謀者の名前は国際テロリストの正木圭吾で、一號らNPSメンバーは蘇我が所属するSAT、青木崇高さん演じる倉田勝一郎率いるSSTと共闘し、自身の野望のため次々と要求を突きつけ、輸送船を東京湾内へと進める正木の「確保」に乗り出す……というストーリー。これまで謎の多かった正木の真の目的や“素顔”も明らかにされる。
NPS隊長の香椎秀樹(大森南朋さん)、NPSの女性スナイパー・林イルマ(新垣結衣さん)、一號の幼なじみの棟方ゆづる(吹石一恵さん)らおなじみのメンバーも登場。互いに実力を認めながらも考えの違いからくる一號と蘇我のライバル関係や煮え切らない一號とゆづるの恋の行方、イルマの失態と復活、倉田と息子との絆などをちりばめながら、海上での「最終決戦」へと向かう、息をつかせぬ展開に目を奪われる。中でも、一際存在感を放つのがオダギリさんの演技で、見ている側が歯ぎしりするほどの正木の憎たらしさとロウソクの炎のように揺れ動く感情表現、時折のぞかせる狂気は、一號と蘇我の“2大看板”が若干霞むほど。ラストに用意されたなりふり構わぬ肉弾戦と日本壊滅へのカウントダウン、二つの局面で同時進行するスリリングな攻防は、連続ドラマから続く同シリーズの最大の見せ場で、思わず手に汗握ってしまった。29日からTOHOシネマズ日劇(東京都千代田区)ほか全国で公開。(山岸睦郎/毎日新聞デジタル)
「テッド2」“中年オヤジ”テディベアの喜劇再び! 今回は人権問題で一騒動
見た目は愛くるしいが中身は下品な“中年オヤジ”のテディベアが主人公という米映画の最新作「テッド2」(セス・マクファーレン監督)が8月28日に公開される。「テッド」シリーズは、毒舌の中年テディベアのテッドと、親友の中年男ジョンが巻き起こす騒動を描くコメディーで、シリーズ第2弾の今作では、結婚したテッドが子どもが欲しいと願ったことから始まる騒動が繰り広げられる。マーク・ウォールバーグさんがジョン役を続投するほか、アマンダ・セイフライドさん、モーガン・フリーマンさんらが共演。日本語吹き替え版では前作に引き続き、お笑い芸人の有吉弘行さんがテッドの声優を担当する。
アルバイト先で知り合ったタミ・リン(ジェシカ・バースさん)と結婚したテッドは、新婚生活や親友の中年男ジョン(ウォールバーグさん)との日常を楽しんでいた。日々を送る中でテッドは子どもが欲しいと願うようになるが、テッド自身が人間であることを証明しなければならない事態に陥ってしまう。親友をもの扱いされたジョンは、女性弁護士サマンサ(セイフライドさん)を雇い、テッドの人権を勝ち取るため裁判所に乗り込むが……というストーリー。
見た目は可愛いのに中身は中年のテディベアという斬新な設定は、多くのテディベア好きの夢を打ち砕いたとは思うが、シュールさを含んだ笑いの数々が世界中から支持を得たのだから驚く。今作では、テッドが結婚をして子どもを欲しがることから裁判ざたになるという新たな火種が持ち込まれる。見方によっては奴隷制度や同性婚といった歴史を暗示しているかのようで、笑いの中にも真摯(しんし)なテーマが盛り込まれている。もちろん、笑いの面でもテッドと妻の掛け合いをはじめ、あえて雑なオマージュを盛り込むなど相変わらずニヤリとさせてくれる。クライマックスに向けて感動のみにならないところも“らしい”といえる。コメディー要素はもちろん、多くの面でスケールアップをしていて楽しませてもらったが、要素の詰め込みすぎで少々消化不良な面も。そうはいっても終始笑わせてくれる内容で、ストレス発散にはもってこいだ。TOHOシネマズ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「ロマンス」大島優子AKB48卒業後の初主演作 箱根が舞台の笑えて温かな旅物語
女優の大島優子さんがAKB48卒業後に初めて主演を務める映画「ロマンス」(タナダユキ監督)が8月29日に公開される。今作は、特急ロマンスカーで車内販売を行う主人公が、映画プロデューサーを名乗る怪しい男と出会ったことをきっかけに、箱根珍道中に巻き込まれていく姿を描いている。「百万円と苦虫女」(2008年)以来7年ぶりのオリジナル作となるタナダ監督が脚本も担当。映画プロデューサーを俳優の大倉孝二さんが怪演し、大島さん演じるヒロインとの軽妙な掛け合いで楽しませてくれる。
新宿と箱根間を往復する小田急の特急ロマンスカーのアテンダントとして働く北條鉢子(大島さん)に、ある日、何年も会っていない母親の頼子(西牟田恵さん)から手紙が届く。手紙を制服のポケットに入れ業務に臨んだ鉢子は、映画プロデューサーを名乗る乗客の中年男・桜庭(大倉さん)に、ひょんなことから手紙を読まれてしまう。怒る鉢子だったが、桜庭に背中を押され、箱根の街で母を捜すことになり……というストーリー。
仕事の成績が常にトップの女性と、うさんくさい中年男の2人によるロードームービーは、とっぴな組み合わせで現実味に欠けるシチュエーションだが、補ってあまりある登場人物たちの温かみや切なさに満ちている。鉢子は大島さんが演じることを想定して書かれているだけあって、一生懸命さや器用さ、年齢相応の女性らしさがイメージとぴったりだ。大倉さんも個性を存分に発揮して“業界人らしさ”を演じ、鉢子とのちぐはぐな会話を、テンポのよく楽しませてくれる。クライマックスに向けて人生のやるせなさや迷いなども感じさせるが、ユーモラスかつ軽やかに描かれている分、重くはならず、気持ちが少し晴れやかになる。箱根の美しさも物語の演出に一役買い、出会いと別れ、人の優しさを描いた物語を彩っている。映画を見ていたら、どこか旅に行きたくなった。新宿武蔵野館(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「劇場版 弱虫ペダル」初のオリジナル長編は火の国・熊本で新たなレースが開戦
自転車競技をテーマにしたテレビアニメの劇場版「劇場版 弱虫ペダル」(鍋島修総監督、長沼範裕監督)が8月28日に公開される。「弱虫ペダル」は、渡辺航さんが「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載中の自転車マンガ。今作は、原作者の渡辺さんの書き下ろしによる完全新作のストーリーが展開する。総北高校や箱根学園などのメンバーに加え、人気声優・宮野真守さんが声優を担当する新キャラクターの吉本進も登場し、熱いロードレースが繰り広げられる。
「弱虫ペダル」は、これまでアニメが2013年10月~14年6月と14年10月~15年3月に放送され、14年にはアニメ第1期の総集編「弱虫ペダルRe:RIDE」、今年6月にはアニメ第2期の総集編「弱虫ペダルRe:ROAD」が劇場公開された。総北高校に入学後、自転車競技部へと入部したアニメやフィギュアが大好きなオタク少年の小野田坂道(声・山下大輝さん)は、激闘の末、全国大会(インターハイ)で総合優勝を果たす。夏も終わりに近づく中、チーム総北にインターハイの成績優秀チームが出場する「熊本 火の国やまなみレース」の出場招待が届く。打倒総北に燃える箱根学園などライバルチームや、炎のクライマーと呼ばれる吉本進(声・宮野さん)が所属する熊本台一など、全国の強豪が集まるレースに向け士気を高める坂道らだが、巻島裕介(声・森久保祥太郎さん)が英国留学のためレース不参加になることが分かり……というストーリー。
「弱虫ペダル」初のオリジナル長編となる今作は、インターハイが終わった直後に行われるレースが主軸の物語なので、総北メンバーそれぞれの気持ちや、キャラクター同士の絆が画面からひしひしと伝わってくる。そして3年生の引退を間近に控えるという時期設定もあり、「魂の継承」がテーマに掲げられ、クライマックスに向けて先輩から後輩への熱い思いが受け継がれているシーンの数々には胸が熱くなり、目頭を刺激される。レースでは坂道とライバルの真波山岳(声・代永翼さん)との関係や再び繰り広げられる勝負が描かれるなど、気になる状況もきちんと描かれているあたりは、原作者がストーリーを書き下ろしているだけのことはある。相変わらず熱すぎるドラマとレースの展開で、さらに気になる巻島の動向など、おのずと期待が高まる要素が詰め込まれたチーム総北の現行メンバーの最後のレースから目が離せない。TOHOシネマズ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「しあわせへのまわり道」美貌の熟年女性の再出発を運転教習に重ねて
ニューヨークを舞台に、夫と別れた女性の再出発を描いた「しあわせへのまわり道」(イサベル・コイシェ監督)が8月28日から公開される。米「ニューヨーカー」誌に連載された実話によるエッセーを映画化。コイシェ監督作は「エレジー」(2008年)以来2度目の出演となるパトリシア・クラークソンさんと名優ベン・キングズレーさんの共演が楽しめる。
売れっ子書評家のウェンディ(クラークソンさん)は、順風満帆だった人生がいきなり崩壊した。夫が浮気相手の元に去っていき、家に一人残される。ある日、タクシーの中に忘れ物をし、それをインド人運転手ダルワーン(キングズレーさん)が届けに来てくれる。これまで運転を夫まかせにしていたウェンディは、ダルワーンに運転を習うことにした。おっかなびっくり運転を始めたウェンディを、「さあ、前に進んで」と励ますダルワーン。思い出にしがみついていたウェンディだったが、文化や宗教の違うダルワーンと接するうちに、自分がなぜ孤独になったのかに気づいて……という展開。
熟年離婚の女性の再出発を、運転教習に重ねて見せていく。ウェンディには美貌があり、教授になり損ねている夫よりも社会的立場は上のようだ。何でも手に入れてきた女性が弱さを見せるところがこの映画の注目すべき点だ。「私に落ち度がないのに、なぜ」と悔しがり、不安と怒りにつぶされそうになり、夫恋しさを素直にぶちまける。冒頭、派手な夫婦げんかでグズグズだったウェンディが、どう変わっていくのか。書評家という孤独な仕事をするウェンディは、周囲を見渡しながら車を運転することに四苦八苦。その、危なっかしいことといったら笑ってしまうほどだ。彼女の人生のアクセルを再び踏み出す助っ人となるのが、インド人運転手のダルワーン。ウェンディの感情を細やかに描くのと同様に、伝統を重んじるシク教徒のダルワーンの暮らしぶりを細やかに描き、宗教による結婚観の違いも浮き彫りにする。2人の会話が絶妙で、結婚のありようも人それぞれということに気づかされる。一方で、共通して何が大切なのかも教えられる。「死ぬまでにしたい10のこと」(03年)などのコイシェ監督作。脚本は「ナインハーフ」(1986年)などのサラ・ケルノチャンさん。TOHOシネマズ 日本橋(東京都中央区)ほかで28日から公開。(キョーコ/フリーライター)
「『たまゆら~卒業写真〜』第2部 響-ひびき-」 高3夏の進路に対する葛藤を描写
“安芸の小京都”と呼ばれる広島県竹原市を舞台にしたアニメ「たまゆら」シリーズの劇場版アニメ第2弾「『たまゆら~卒業写真~』第2部 響-ひびき-」(佐藤順一監督)が8月29日に公開される。「たまゆら」は、写真が好きな女子高生・沢渡楓(さわたり・ふう)と友人との日常を描いたアニメで、2010年にOVAが発売されたほか、テレビアニメが2度にわたり放送された。劇場版は楓たちの高校卒業までの1年間を4部作で描くシリーズの完結編。第2部では、夏を迎えて進路を決める生徒が増えてくる中、仲よし4人組が進路について思い悩む姿を中心に物語が展開していく。
少し内気で写真が好きな女子高生・沢渡楓(声・竹達彩奈さん)は、塙かおる(声・阿澄佳奈さん)、岡崎のりえ(声・井口裕香さん)、桜田麻音(声・儀武ゆう子さん)の仲よし4人組は3年生へと進級。校内でも進路についての話題が増えてきた初夏に起こった出来事をきっかけに、のりえが大好きなスイーツを封印し、さらに進路も白紙にしてしまう。一方、「お好み焼きほばろ」の店主から、4人にあるイベントの内容を考えてほしいと依頼が舞い込む。かおるは依頼を快諾したものの、進路に迷っていることから受験勉強とどっちつかずの状態になってしまい……というストーリー。
シリーズ第2弾では4人組のほか、高3のメンバーが進路に思い悩む姿を中心に展開。いいようのないもやもや感を抱えていた青春時代を思い起こさせてくれる。映画で描かれているような10代後半の時期は、とかくささいなことでも決断が鈍ったり、ひょんなことから目標が見つかったりするものだが、今作ではその葛藤が真摯(しんし)に描かれていて好印象だ。大学に進学したあとに目標を模索していくという選択肢も現実なら考えられるのだが、そこは必要以上にリアリティーを追求しないのが楽しむためのコツといえる。4人それぞれの進路探しは、それぞれの“らしさ”が反映され、シリーズとして積み重ねてきた時間も含めて、それぞれに思い入れをもって見ることができる。卒業を迎えるまで残り2作だが、このあとの作品でもすてきな笑顔と涙に期待したい。新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほか全国で2週間限定で順次公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「わたしに会うまでの1600キロ」過酷な自然道歩いた女性の自叙伝を映画化
「キューティ・ブロンド」(2001年)や「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」(05年)などの作品で知られる米女優リース・ウィザースプーンさんが製作と主演を務めた映画「わたしに会うまでの1600キロ」(ジャン・マルク・バレ監督)が8月28日から公開される。「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーリストで1位を記録したシェリル・ストレイドさんによる自叙伝が原作。過去のある出来事から道を踏み外したヒロインが、1600キロに及ぶ自然道を3カ月かけて歩く中で、人生を再生させていく姿を描いた感動作だ。
シェリル(ウィザースプーンさん)は、自分をのろわずにはいられなかった。険しい岩山の上から、靴の片方を谷底に落としてしまったのだ。米西海岸をメキシコ国境からカナダ国境まで南北に縦走する自然道「パシフィック・クレスト・トレイル」に挑んで30日あまりがたっていた。険しい岩山や砂漠が待ち受けるその道を歩きながら、彼女の脳裏に過去のさまざまな出来事が去来する……というストーリー。
今作を見ながら力が湧いてきた。シェリルとともにトレイルを歩きながら、人々の優しさに触れ、やっと手に入れた燃料で温かいおかゆを食べられる喜びを味わった。トレイルを始めるに当たって、シェリルにまつわる説明は特にない。谷底に靴を落とし、そこから時間が巻き戻り、宿泊先の受付での会話から、彼女のプロフィルがおぼろげに見えるだけだ。そして、トレイルはあっけないほど簡単に始まる。そこからシェリルの回想シーンとともに過去の断片がつなぎ合わされ、彼女がどのような体験をし、なぜトレイルに挑むことにしたのかが明らかになっていく。
この一種の謎解きのような構成が生きている。シェリルの素性を知りたい、彼女の旅を最後まで見届けたいという思いが、心をつかんで離さない。「17歳の肖像」(09年)の脚本家としても知られる作家ニック・ホーンビィさんが脚本を担当した。監督は「ダラス・バイヤーズクラブ」(13年)でマシュー・マコノヒーさん、ジャレッド・レトーさんに、それぞれアカデミー賞主演男優賞、助演男優賞をもたらしたジャン・マルク・バレさん。今作でも、ウィザースプーンさんと母親役のローラ・ダーンさんが、アカデミー賞主演女優賞、助演女優賞にノミネートされた。28日からTOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区)ほか全国で公開。 (りんたいこ/フリーライター)
「世界で一番いとしい君へ」ドンウォン主演 子どもっぽいがいちずな父親の愛が温かい
「超能力者」(2010年)や「群盗」(13年)などから一転、カン・ドンウォンさんが初の父親役を演じた「世界で一番いとしい君へ」(イ・ジェヨン監督)が、8月29日から公開される。若くして親となった夫婦と先天性早老症の息子との絆を描いたヒューマン作だ。妻役は「グランド・マスター」(13年)などのソン・ヘギョさん。80歳の少年を作り上げたハリウッドの特殊メークにも注目。
テコンドー選手を目指していたデス(ドンウォンさん)とアイドルを夢見ていたミラ(ヘギョさん)は17歳で親になり家を出た。今は、16歳になる息子アルム(チョ・ソンモクさん)と3人で仲よく暮らしている。アルムは先天性早老症のため体は80歳を超えていたが、聡明で明るい子どもに育ち、両親の青春時代の物語をこっそりと執筆中だ。デスとミラはがむしゃらに働いていたが、治療費が追いつかない。寄付金を募るテレビのドキュメンタリー番組の出演がきっかけとなり、アルムのところへ一通のメールが舞い込む……という展開。
難病の子ども、闘病、家族愛。よくある符号が並ぶのだが、母親ではなく父親の奮闘が描かれている映画はめずらしい。父と息子を軸に、妻が支えている3人家族の悲劇が、重過ぎることなく、終始温かさと笑いを入れながら展開されていく。父親の息子へのいちずな愛は、無邪気で子どもっぽいこの父親だからこそ、温かく感じられる。一方の息子アルムは、死を意識しながら生きているがゆえに老成している。アルムの友人といえば、隣に住んでいるおじさんだけで、でも、2人は無二の親友。悪いことだと分かっているアルムの願いをこっそりとかなえてあげるのもおじさんだ。ドラマの名脇役ペク・イルソプさんが味わい深く演じ、心をわしづかみにされる。主治医役には、「群盗」でドンウォンさんと敵対同士だったイ・ソンミンさん。
原作は1980年代生まれのキム・エランさんの演劇にもなった小説「どきどき僕の人生」で、「スキャンダル」(03年)などのイ・ジェヨン監督が映画化した。アルムを演じたソンモクさんは、撮影当時13歳。毎回5時間の特殊メークを施したのは、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」などで米アカデミー賞メークアップ賞に3度の受賞歴を誇る特殊メークの最高峰グレッグ・キャノンさん。さらに、部分3Dを用いて容貌を作り上げたという。シネマート新宿(東京都新宿区)ほかで29日から公開。(キョーコ/フリーライター)
「バレエボーイズ」思春期男子の友情と別離 夢を追う姿がみずみずしい
ノルウェーの首都オスロに住む3人の少年のドキュメンタリー作「バレエボーイズ」(ケネス・エルベバック監督)が、8月29日から公開される。一流のバレエダンサーになる夢を追う3人のひたむきな姿と友情、そして成長を生き生きと映し出している。海外のさまざまな国際映画祭で好評を博した作品。
ルーカスさん、トルゲールさん、シーベルトさんの3人は中学生。ともに週6日のバレエレッスンを受けながら、一流のダンサーを目指していた。3人は、お互いがライバルだが、一緒にふざけ合う親友同士。オスロ国立芸術アカデミー(KHiO)への入学が目標だ。教師は彼らを心配し、ほかの進路も考えることとアドバイスする。とりわけシーベルトさんはコンクールでの失敗と学業優先を願う親のために、心が揺れていた。ある日、出願していないのにもかかわらず、ルーカスさんに名門のロンドン・ロイヤル・バレエスクールからオーディションの招待状が届いた。3人の進路はどうなるのか……という展開。
なんてみずみずしい作品なのだろう。思春期の輝きがこの映画には詰まっている。バレエで鍛え抜かれた美しい体の躍動は、まるで命そのものだ。10代の貴重な時間を共有する感動もある。あどけない笑顔の少年たちは、映画を見始めて1時間後にはすっかり見違え、大人びている。コンクールで失敗し挫折、バレエは自分にとって何なのか、迷う姿も映し出される。カメラは躊躇(ちゅうちょ)なく、彼らが着替えるロッカールームにまで入り込む。そこでふざけ合う姿は、普通の中学生だ。やがて人生の岐路に立ち、卒業式で並んで歌っていた3人が、今までと同じではいられなくなる日がやってくる。ルーカスさんにだけ、名門スクールから声が掛かるのだ。高額な学費、家族や仲間と離れて異国へ渡る寂しさ、さまざまな不安を抱えながら、オーディションに挑むルーカスさん。トルゲールさんとシーベルトさんは、ルーカスさんの背中を押してくれたが、3人の関係は少し変化していく。微妙な時期を迎えた3人が、カメラの前で心の内を正直に話すのも、エルベバッグ監督との信頼関係が出来上がっていた証しなのだろう。岐路に立つ若者の姿を見事に切り取った秀作だ。29日からヒューマントラストシネマ有楽町(東京都千代田区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)