「ガルム・ウォーズ」 構想約15年の押井監督最新作 幻想的で美しいビジュアルに引き込まれる
「機動警察パトレイバー」などで知られる押井守監督の最新作「ガルム・ウォーズ」が5月20日に公開される。構想約15年という大スケールの作品で、アニメと実写が融合された幻想的で美しいビジュアルや、外国人俳優を起用したオール北米ロケなども話題を集めている。日本語版プロデューサーとしてスタジオジブリの鈴木敏夫さんが参加し、「魔法少女まどか☆マギカ」などの虚淵玄(うろぶち・げん)さんが宣伝コピーを担当している。
はるかなる古代、戦いの星・アンヌンに生息していた「ガルム」と呼ばれるクローン戦士たちは果てしない争いを繰り広げていた。あるとき創造主・ダナンが星を去ったことにより八つの部族間で覇権争いが生じ、生き残ったのは空を制する「コルンバ」と陸を制する「ブリガ」、情報技術に長けた「クムタク」の3部族だけとなっていた。あるとき、「コルンバ」の女性飛行士・カラは、陸の部族「ブリガ」と戦闘の最中に、「クムタク」の老人・ウィド、「ブリガ」の兵士・スケリグと出会う。敵同士だった彼らの間に奇妙な連帯感が生じ、カラとスケリグは次第に引かれ合うようになる。3人は犬・グラとともに、海の向こうのはるか彼方にある伝説の聖なる森「ドゥアル・グルンド」を目指す旅に出る……というストーリー。
主人公のカラをカナダ出身の新人女優のメラニー・サンピエールさんが演じ、スケリグをテレビドラマ「LOST」シリーズのケビン・デュランドさん、ウィドを「エイリアン2」のランス・ヘンリクセンさんが演じている。「攻殻機動隊」シリーズなどのProduction I.Gが製作し、川井憲次さんが音楽を担当。衣装デザイナーを映画「GANTZ」などの衣装で知られる竹田団吾さんが担当している。
冒頭から、息をのむような美しく幻想的なビジュアルに驚かされる。キャラクターの造形や登場人物の衣装も押井監督が「今までとはケタ違いにお金がかかった」というだけあって、凝っていて、かつ作品の世界観を邪魔することなく違和感のない仕上がりだ。ネタバレになるので詳細は省くが、第3章で登場するバトルシーンも敵キャラの造形美とアクション両面で楽しめる。
独特の雰囲気が横溢(おういつ)する独創的な作品ゆえに好みが分かれる部分はあるかもしれないが、映像美と壮大な世界観にハマれれば押井ファンならずとも文句なく楽しめるだろう。「ガルム」をはじめ「コルンバ」「ブリガ」「クムタク」「ドゥアル・グルンド」など耳慣れない単語のオンパレードで前半は少々混乱するかもしれないので、事前に公式サイトなどで単語をチェックしておくといいかもしれない。20日からTOHOシネマズ六本木ヒルズ(東京都港区)ほか全国で公開。(河鰭悠太郎/MANTAN)
「海よりもまだ深く」 阿部寛主演 ダメ中年男に人生の諦めと少しの希望をのせて
是枝裕和監督の最新作「海よりもまだ深く」が5月21日から公開される。東京郊外の古い団地を舞台に、主演の阿部寛さんが演じるダメな中年息子とその元家族を巡る人間ドラマを温かい目線で描いた。是枝監督作「歩いても 歩いても」(08年)で親子を演じた阿部さんと樹木希林さんが再び親子を演じるのも話題。真木よう子さん、橋爪功さん、高橋和也さんら是枝作品ではおなじみのキャストが集結した。
文学賞を一度だけ受賞したことのある売れない作家で、探偵事務所に勤める良多(阿部さん)は、夫を亡くしてからも団地に住み続ける母親の淑子(樹木さん)の家に寄っては、金目のものをあさっていた。妻の響子(真木さん)には愛想をつかれて離婚し、一人息子とはときどき会っているが、思うように養育費を送金できないでいる。妻への未練が絶ち切れず、響子を尾行するも、新しい恋人の存在にショックを受ける。姉の千奈津(小林聡美さん)にあきれられているが、心配する母親の愛情によって包まれている良多。ある日、元家族たちが淑子の家に集まるが、台風によって帰れなくなってしまい……というストーリー。
高度経済成長の時代が懐かしくなるような東京郊外の団地の風情と、淑子おばあちゃんがペットボトルで植木に水やりしているのを見るだけで、この映画が好きになる。夢ばかり追っている息子。といっても、もういい年だ。どうやら亡くなった父親に似たらしい。父親が一家の会話の中に出てきて確かに映画の中に存在し、この家族の歴史に思いが至る。母親は、ダメ息子に「大器晩成って、かかり過ぎですよ」と優しいユーモアで諫(いさ)める。息子の元妻にも親切で、この母親こそが映画的なファンタジー要素なのかもしれない。阿部さんと樹木さんの親子コンビがツーカーの息で交わすやりとり、小林聡美さん演じる娘との会話も楽しく、母親と息子、母親と娘の微妙な関係の違いも細やかに脚本に反映されているのが分かる。中年になってもまだ迷い道にいる良多に、人生のあきらめだけでなく、少しの希望を託す是枝監督の視線が温かい。
ロケ地となったのは、監督が昔住んでいたという清瀬市の旭が丘団地。公園の遊具も懐かしく、室内の台所のゴチャゴチャ感といい、狭すぎる風呂(阿部さんが入るからさらに狭く見える!)といい、家族が肩寄せ合っていた昭和の暮らしぶりにノスタルジーを感じてほっこりとさせられる。そして、そんな穏やかな時代に子ども時代を送った良多の、気の弱さと優しさも浮き彫りになっている。今作は、是枝監督の同世代へのエールなのかもしれない。劇中には時代の変わり目となったバブル時代に流行したテレサ・テンさんの「別れの予感」が響き渡り、過ぎた時に思いをはせながら、ちょっぴり切なくなる。21日から丸の内ピカデリー(東京都千代田区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)
「君がくれたグッドライフ」 死と向き合う主人公の姿に世界が感動したヒューマン作
不治の病を宣告された男性が、友人たちと出掛ける最後の旅を描いたドイツ映画「君がくれたグッドライフ」(クリスティアン・チューベルト監督)が5月21日から公開される。主人公の真意に共感できるか否かで作品への評価が分かれそうだが、トロントやスイス・ロカルノといった世界の映画祭では賞賛された。さて、日本の観客はどう受け止めるだろう。
年に一度、気心の知れた仲間6人で各地を巡る自転車の旅に出かけるグループがあった。15回目を迎える今回はちょっと様子が違う。メンバーの一人、ハンネス(フロリアン・ダービト・フィッツさん)が目的地として選んだのはベルギー。フライドポテトにチョコレート、「スマーフ」や「タンタンの冒険」、さらに、ジャン・クロード・ヴァン・ダムの故郷ぐらいしか名物がない(これだけあれば十分だが)ことをボヤく仲間たち。しかしハンネスには、そこを選ぶ理由があった……というストーリー。
ドイツからベルギーに至る約500キロの自転車の旅。美しい風景の中、6人の自転車が疾走する。彼らの胸に去来するものは、決して楽しいことばかりではない。一人は不治の病に苦しみ、一人は愛する夫の余命におびえ、もう一組の夫婦は最近、関係が冷え切っていることに不安を抱いている。さらに、女癖の悪い独身男は、相変わらず若い娘の尻を追いかけ、主人公の弟もまた、兄の姿に苦しんでいる。それぞれに悩みを抱えつつ、しかし、車列は進む。6人は互いを思い合い、楽し気に過ごし、彼らを取り巻く自然は、彼らの不安をかき消すようにどこまでも美しい。
そんな6人を見ながら頭に浮かぶのは、もし自分がハンネスの立場なら、果たして自分の死を親しい友に打ち明けるか、という問いかけだ。考えても、なかなか答えは出せない。ただ、一つ感じたのは、人生をいかに生きるかということ。死を目前にしたとき、自分は何をしたいのか、何を残したいのか。生前、自分は何を成し、何を得たのか。他人に何を与えられたのか。それらの答えが見つかった時、きっと人は幸せに死ねるのだと思う。実は、ハンネスがベルギーを選んだ理由を知ったときは、いくらなんでも身勝手過ぎやしないかと思った。しかし、映画を見終えてしばらくすると、友人の立場として、ハンネスに感謝したくなった。21日からヒューマントラストシネマ有楽町(東京都千代田区)ほか全国で順次公開。(りんたいこ/フリーライター)
「ディストラクション・ベイビーズ」 不穏さ漂う柳楽優弥の怪演が感情を刺激する
柳楽優弥さんが主演を務める映画「ディストラクション・ベイビーズ」(真利子哲也監督)が5月21日に公開される。新鋭・真利子監督の商業映画デビュー作で、「桐島、部活やめるってよ」の喜安浩平さんが真利子監督と共同で脚本を担当。松山市を舞台に、小さな港町で暮らしていた青年が、街で強そうな相手を見つけてはケンカを売り歩く中、1人の青年と出会い、凶行に及んでいく姿を描く。柳楽さんが主人公・芦原泰良を演じるほか、菅田将暉さん、小松菜奈さん、村上虹郎さん、池松壮亮さんら注目の若手俳優が集結している。
芦原泰良(柳楽さん)と弟・将太(村上さん)は、松山市西部の小さな港町・三津浜にある造船所のプレハブ小屋で2人きりで暮らしている。ケンカに明け暮れていた泰良は、ある日、三津浜から姿を消し、松山の中心街で強そうな相手を見つけてはケンカを仕掛けていた。そんな泰良の姿を偶然見かけた北原裕也(菅田さん)は興味を持ち、2人で無差別に通行人に暴行を加え、車を強奪。車に乗り合わせていた少女・那奈(小松さん)を巻き込み松山市外へと向かい……というストーリー。
主演の柳楽さんの演技力は誰もが認めるところだろうが、今作を見て、改めてその表現力の幅広さと深さに驚かされた。泰良は常にニヤニヤとした笑みを浮かべながらストリートファイトを繰り広げ、せりふがほとんどない難役にもかかわらず、たたずまいや表情、そして動きだけでえたいの知れないキャラクターを表現。説明がないため泰良の行動原理も分からず、見ている側としてはフラストレーションがたまりそうだが、むだなせりふがない分、泰良の一挙手一投足にくぎ付けになる。泰良が時折発する「楽しければええけん」という言葉からは不穏さや居心地の悪さを覚える。また、菅田さんが演じる裕也の小者ぶりが、泰良とのコントラストとともに際立っている。好みは確実に分かれると思うが、過激さの陰に見え隠れする“生きづらさ”を考えさせられる映画だ。21日からテアトル新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「シマウマ」 竜星涼と須賀健太の猟奇的な演技は必見 狂気と絶望あふれる問題作
小幡文生さんの人気マンガを基に、俳優の竜星涼さん主演で実写化した映画「シマウマ」(橋本一監督)が5月21日に公開される。映画は、美人局(つつもたせ)で金稼ぎをしていた青年が、ヤクザを引っ掛けたことから闇へと堕(お)ちていき、他者に受けた屈辱などをあらゆる方法で昇華させる「回収屋」の“ドラ”として禁断の世界へ足を踏み入れていく姿を描く。主人公・倉神竜夫を特撮ドラマ「獣電戦隊キョウリュウジャー」などに出演した竜星さん、回収屋の一員で奇抜なメークを施したアカ役を須賀健太さんがそれぞれ演じるほか、日南響子さん、加藤雅也さん、福士誠治さん、高橋メアリージュンさんらが脇を固めている。
倉神竜夫(竜星さん)は、仲間たちと美人局で金を稼いでいたが、ある日、ヤクザを引っかけてしまう。そして、原型が分からぬほど崩れた仲間の顔と抜き取られたアバラ骨が写った画像が添付されたメールが届いたのを見た竜夫は、危険が迫っていることを知り、恋人・彩(高橋さん)の元へ急ぐが、回収屋を名乗るアカ(須賀さん)という男に拉致されてしまい……というストーリー。
なんらかの揺り戻しなのか、過激で暴力的な問題作といえる映画の公開が相次いでいるが、今作はその中でも見終わったあと、救いのなさを感じる“嫌ムービー”(見たあとになんともいえない嫌悪感が残る映画)だ。いら立ちや焦燥感を抱えながら裏社会で生きるダークヒーローものなのだが、とにかく主人公の竜夫の我の強さと素行の悪さが際立ち、さらに残忍な描写の数々も中途半端ではなくやり切っているところに、原作の持ち味と実写の魅力が融合した輝きを感じる。竜星さんも須賀さんも狂気や猟奇性を発する役を体当たりで演じ、たぎるような熱さとインパクトで物語を彩り、これまでのイメージを覆す新境地を開拓。その演技はもちろん見どころながら、過激さに目が行きがちな作品ではあるが、人間の心の闇を照らすような物語は思いのほか深みを感じた。21日からヒューマントラストシネマ渋谷(東京都渋谷区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)