「娚の一生」 足キス・床ドン・名ぜりふでトヨエツの大人の魅力を堪能
女優の榮倉奈々さんと俳優の豊川悦司さんがダブル主演する映画「娚(おとこ)の一生」(廣木隆一監督)が2月14日に公開される。自分は幸せになれないと思い込んでいた女性と、恋愛を拒み落ち着く家庭を得ることはないと信じ込んでいた50代の男性の、大人だからこそ素直になれない不器用な恋愛を丁寧に描いた作品だ。 「娚の一生」は、東京での仕事とつらい恋愛に疲れ、祖母の田舎の一軒家でひっそりと暮らしていた堂薗つぐみ(榮倉さん)が、祖母の死をきっかけに出会った独身の大学教授・海江田醇(じゅん)に好意を抱かれ、奇妙な同居生活が始まる。年の離れた男性の求愛に戸惑うつぐみだったが、次第に心を開いていき……というストーリー。2008~10年にマンガ誌「月刊フラワーズ」(小学館)で連載され、コミックスの累計発行部数は150万部を記録した西炯子(けいこ)さんのマンガが原作。「きいろいゾウ」「100回泣くこと」などで知られる廣木隆一監督がメガホンをとり、つぐみの親友・秋本岬役で安藤サクラさん、つぐみの心をかき乱す元彼・中川役で向井理さんも出演している。 ポスタービジュアルにも採用されている豊川さん演じる海江田が、榮倉さん演じるつぐみの足にキスをするという“足キス”シーンや、壁ドンならぬ床に押し倒す“床ドン”シーンが話題を集めているが、劇中にはそれ以外にもドキドキさせられるポイントがたっぷり。「恋なので仕方がありませんでした」「練習や思て、僕と恋愛してみなさい」「君のことを好きになってしもた」といった静かながら情熱的な“海江田語録”が、豊川さんの熱演で楽しめる。一方で、恋愛に絶望して1人で生きようと奮闘するつぐみが、徐々に女性らしさを取り戻していく姿を榮倉さんが好演。最後はいくつになっても人は恋愛できると信じさせてくれる作品だ。映画は14日から全国で公開。(黒澤恵/毎日新聞デジタル)
「悼む人」 天童荒太の原作を堤幸彦が映画化 キャストの渾身の演技に心震える
俳優の高良健吾さんの主演映画「悼む人」(堤幸彦監督)が2月14日に公開される。第140回直木賞を受賞した天童荒太さんの同名小説が原作で、死者を「悼む」ために全国を放浪する男性を主人公に、自身と関わりを持った人々との人間模様が描かれる。主人公の坂築静人を高良さん、夫を殺害した過去を持つヒロイン・奈義倖世を石田ゆり子さんが演じ、同作の舞台公演で演出を担当していた堤監督がメガホンをとった。重厚なドラマが展開し、誰しもが直面する死のあり方についてスクリーンから問いかけてくる。 不慮の死を遂げた人々を悼むため、坂築静人(高良さん)は全国を放浪している。静人はとある事故現場で週刊誌記者の蒔野抗太郎(椎名桔平さん)と出会う。ゴシップ記事を書き続け“エグノ”と陰で呼ばれる蒔野は、静人の行動に疑問を感じ身辺を調べ始める。一方、夫の甲水朔也(井浦新さん)を殺害した倖世(石田さん)は刑期を終え出所。夫の亡霊に悩まされる倖世は静人と出会い、過去を隠したまま行動を共にするが……というストーリー。 天童さんの小説が原作なだけに、生と死、愛と憎しみ、罪と許しなど重めのエピソードが目白押し。見る側はかなりの体力を必要とするが、見終わるとそこはかとなくすがすがしさを感じるなど未知の感動があふれてくる。誠実に役に向き合う高良さんやヒロインの石田さんはじめキャストの渾身(こんしん)の演技が心にしみわたり、特に最近はコメディータッチな役が多かった椎名さんの迫力あふれる演技に思わず身を乗り出してしまう。テーマがテーマなだけに共感できる部分もあればそうでない部分もあり、見る人の立場や心情でとらえ方が大きく変わるだろう。理解しようとはせず、素直に感じ何かを考えさせられる作品。しばらくしてから今作をもう一度見て、再び自分と向き合ってみたい。14日から丸の内TOEI(東京都中央区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「フォックスキャッチャー」孤独な大富豪と兄弟レスラーの行方に心がざわつく
米国で起きたレスリング金メダリストの射殺事件を基にした「フォックスキャッチャー」(ベネット・ミラー監督)が、2月14日から公開される。レスリングチームを率いる孤独な大富豪と兄弟アスリートの関係を軸に、人間の心の奥の闇に焦点を当てた。コメディー作品の印象が強いスティーブ・カレルさんがイメージを一新し、エキセントリックな男を演技で見せつけている。 レスリング選手マーク・シュルツ(チャニング・テイタムさん)は、1984年のロサンゼルス五輪の金メダリスト。しかしマイナー競技であるレスリングの競技環境は厳しく、コーチとして勤務していた大学を解雇される。同じ金メダリストの兄デイブ(マーク・ラファロさん)は温かい家庭を築き、幸せに暮らしていた。そこへ、大企業デュポン社の御曹司ジョン・デュポン(カレルさん)からマークに連絡が入る。デュポンは所有する土地にトレーニング施設を建てて、自身が率いるレスリングチームをソウル五輪で世界一に導く夢を持ち、破格の契約金でマークを誘う。お金ではなびかない兄のデイブの元を離れたマークは、やがてデュポンの狂気に影響され始め……という展開。 五輪という一つの大きな目標に向かう舞台裏には、さまざまなストーリーが存在すると思うが、これは相当奇妙な話だ。それしかない道にすがる男たちが、プライドを懸けて、静かに、しかし強烈にぶつかり合う姿から目が離せない。「カポーティ」(2005年)のミラー監督の手腕がさえわたる。奇妙さをあおることなく、見る者にゆだねるような抑制を利かせた演出で引きつける。キャストが関係者に実際に会って作り上げたという登場人物たちは、鍛え抜かれた肉体だけでなく、その精神までもがリアルにスクリーンに存在する。母親の愛を勝ち取りたかった大富豪デュポンの孤独と、固い絆で結ばれた兄弟愛が対照をなしながら、人間関係がもつれていく。複雑な心の持ち主デュポンを演じるのは、「40歳の童貞男」(05年)など人気喜劇俳優として知られるカレルさん。財力でコミュニケーションを図り、いきなりキレる狂気。愛情が内在化されないまま大人になった男、そしてそれに巻き込まれた人間の悲劇を目の当たりにし、心の中のザワザワ感が収まらなかった。映画は14日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)
「劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス」一家の危機描くエスプリが効いた物語
劇場版アニメ「劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス」(グザビエ・ピカルド監督、ハンナ・ヘミラ監督)が2月13日に公開される。ムーミンの原作者トーベ・ヤンソンの生誕100周年記念作として、初めて母国フィンランドで製作された劇場版長編アニメーション。南の海へとバカンスにやってきたムーミン一家が、ささいな出来事をきっかけにバラバラになってしまう……という一家に訪れる初めての危機が描かれる。原作の雰囲気を生かして、全編手描きで製作されたというアニメーションや音楽からは、温かみが伝わってくる。歌手の木村カエラさんが猫しか愛することができないというコンプレックスを持った犬「ピンプル」として、長編アニメの声優に初挑戦したことも話題だ。 ムーミン谷を抜け出し、地中海に面したリゾート地・リビエラへとバカンスにやってきたムーミン一家。わくわくしていた気分もつかの間、フローレン(声・かないみかさん)とムーミンパパ(声・大塚明夫さん)は貴族の豪華でぜいたくな暮らしのとりこになってしまう。そんな2人に腹を立てたムーミン(声・高山みなみさん)とムーミンママ(声・谷育子さん)は、親戚が暮らす古いボートで静かに過ごすと言い出し、ホテルを飛び出してしまう……というストーリー。 普段は仲良しなムーミン一家がバラバラに……という設定を聞いただけでも楽しみだが、加えて原作のイメージを尊重するために手描きで作られた映像が物語にマッチし、作品を彩っている。特に色合いへのこだわりが強く、豊かで温かみを感じさせる色遣いと手描きならではの味わいが独特の雰囲気にぴったり。英国の新聞に連載されていたマンガのエピソードの一つ「南の島へくりだそう」が原作になっているだけに、やや大人向けな内容となっていて、これまで放送されていたテレビアニメ「楽しいムーミン一家」とはまた違った魅力とテイストで楽しませてくれる。また同アニメの声優陣が再び結集しているのもうれしい限り。お笑いコンビ「さまぁ~ず」の三村マサカズさんがモンガガ侯爵を、大竹一樹さんがクラークの声を演じ、役どころと彼らの世界観がマッチしているのも楽しい。ピンプル役の木村さんは、映画のイメージソング「eye」も書き下ろし歌っている。「劇場版ムーミン」は13日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「味園ユニバース」 関ジャニ渋谷すばる主演 歌だけしかない男の本気の歌声が響く
大阪を舞台に、関ジャニ∞の渋谷すばるさんが初の単独主演を果たした「味園ユニバース」(山下敦弘監督)が、2月14日から公開される。渋谷さんが演じるのは、歌以外の記憶を失った男。音楽青春映画の傑作「リンダ リンダ リンダ」(2005年)の山下監督が手がけた音楽エンターテインメント作だ。大阪を拠点とする実在のバンド「赤犬」との共演にも注目。 大森茂雄(渋谷さん)は、気づくと路上で倒れていた。自分が誰なのか分からない。フラリと立ち寄った公園で開かれていたライブにいきなり乱入。歌い出して、気を失う。バンド「赤犬」のマネジャーのカスミ(二階堂ふみさん)は、その歌声にほれ込み、茂雄を放っておけずに、認知症の祖父と暮らす自宅に招き入れる。茂雄はカスミに“ポチ男”と名付けられ、カスミが経営する貸しスタジオの雑用を手伝い始める。ある日、赤犬のボーカルが事故でけがをしてしまい、カスミに代役を命じられたポチ男こと茂雄は、ボーカルとなって、なんとライブデビューも果たすが……という展開。 「味園」は、大阪の通称“ウラなんば”にある複合施設のビルの名。昭和の香り漂う街を舞台に、たくさんの音楽をちりばめて、演奏シーンでは躍動感がみなぎる。主人公の茂雄は記憶を失っているが、「歌」だけが残っている。歌は人間関係の橋渡しとなって、新たな絆を生み出していく。しかし、茂雄にはただならぬ過去があるらしい。やり場のないイライラで、眉間(みけん)にはしわ、表情はこわばったままだ。パンチの利いた渋谷さんの歌声は、茂雄の内面を吐露するかのようでピッタリとはまった。「歌」しかない男の本気の歌声を聴かせている。世話好きのカスミとの距離は……と思っていたら、あからさまな展開はなく、山下監督らしい独特の乾いた空気感でさらりと描かれ、思わずニヤリとさせられる。茂雄とカスミ、それぞれの家族との関係も見えてきて、少しずつ過去も分かるが、その展開もあけすけではないからこそ、登場人物に深く思いを巡らせることができる。本人たちのまま出演した赤犬は、山下監督の出身大学の先輩で、「ばかのハコ船」(03年)などの音楽を担当。本作では重要な登場人物となっている。映画は14日からTOHOシネマズ六本木ヒルズ(東京都港区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)
「リトル・フォレスト 冬編・春編」 東北の四季と独創的な料理がパワーを与えてくれる
五十嵐大介さんの同名人気マンガを基に春夏秋冬の4部作で実写化した「リトル・フォレスト 冬・春」(森淳一監督)が2月14日に公開される。今作は、橋本愛さん演じる主人公・いち子が都会で自分の居場所を見つけられずに故郷に戻り、大自然の中で自給自足の生活をしながら生きる力を充電していく姿を描いている。昨年夏に公開された「夏・秋」に続く後編で、東北の四季を映し出した美しい映像と収穫した食材を使った料理にも注目だ。歌手のyui(YUI)さんが率いる4人組バンド「FLOWER FLOWER(フラワーフラワー)」が4部作それぞれの主題歌「夏」「秋」「冬」「春」を担当している。 都会になじめず故郷である東北の小さな集落・小森に帰ってきたいち子(橋本さん)は、稲を育てたり、畑仕事をしたり、野山で採った季節の食材を料理して食べるという日々を送っていた。ある日、5年前の雪の日に突然失踪した母・福子(桐島かれんさん)から手紙が届き、今までの自分やこれからの自分を思い、いち子の心は揺れ始める。そして冬も終わりに近づき、来年の冬も小森にいるかどうか分からなくなったいち子は、春一番で植えるジャガイモを植えるか迷い……というストーリー。 食べ物や料理を扱った作品というのは、対決したり、いい料理を作ったりという展開になりがちだが、今作は食べるために作る料理というのが“日常”を感じさせる。しかも田舎で自給自足して採れる食材を使った創作料理の数々は、クリスマスケーキなども登場し意外性も抜群。美しい映像と合わせて、目や心が満たされていく。ストーリーに劇的な起伏が決してあるわけではないが、いち子の周囲にいる人たちや母親との関係が丁寧に描かれ、静かながらも力強い印象を受ける。日々の生活に追われて干からびてしまったような心に潤いと活力を与えてくれるようで、見終わったあとは優しくて温かい気持ちがあふれて出てくる。14日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)