「ジョン・ウィック」 キアヌ・リーブスが黒スーツ姿の伝説の殺し屋に
米俳優キアヌ・リーブスさんの主演映画「ジョン・ウィック」(チャド・スタエルスキ監督)が10月16日、公開される。すべてを奪われた元・伝説の殺し屋が、復讐(ふくしゅう)のためたった一人、ニューヨークを拠点に一大勢力を築くロシアンマフィアに立ち向かうバイオレンスアクション。リーブスさんがスタイリッシュに黒スーツを着こなし、次々と獲物をしとめていく姿に目を奪われる。 「ジョン・ウィック」は、現役時代は主に“殺し屋の殺し屋”として、ニューヨークの裏社会に名をはせた男、ジョン・ウィック(リーブスさん)が主人公。実現不可能といわれた仕事を完遂し、殺し屋稼業から足を洗ったジョンだったがある日、最愛の妻が病に倒れ、帰らぬ人となる。悲しみに暮れるジョンの元に、妻が最後の贈り物として選んだのは「テイジー」という名の小さな犬。ジョンはテイジーとの暮らしの中で再び穏やかな心を取り戻すが、この幸せも長くは続かなかった。とある晩、ジョンの愛車のマスタングに目を付けたロシアンマフィアのボスの息子、ヨセフ(アルフィー・アレンさん)がジョンの自宅を襲撃。目の前でテイジーを撲殺されたジョンは、マスタングを奪い逃走したヨセフへの復讐のため、封印していた殺し屋の魂を解き放つ……という展開。 息子のヨセフが襲った相手がジョンと分かったロシアンマフィアのボス、ヴィゴ(ミカエル・ニクビストさん)は、“かつての部下”であるジョンに電話をかけ自制を求めるも、ジョンはこの忠告を無視。やがてヨセフの居場所を突き止めようとするジョンと、ヴィゴの手下たちとの全面戦争へと発展していくが、とにかく展開がスピーディーでダレるところが一切なく、それでいて視聴者が混乱しないようキャストのせりふや表情を通じて情報を過不足なく伝えている点に好感が持てた。最大の見どころはノンスタントで挑んだというリーブスさんのキレッキレのアクションで、銃術と武術の両方を操り、次々と現れる敵に対しては瞬時に危険度を察知し、殺しの順番を決め、かつ正確にしとめていく。ジョンの殺し屋としての嗅覚の鋭さ、手際の良さにはある種の美学を感じることができた。また物語に少々不似合いな友情という名の花を添える凄腕のスナイパー、マーカス役のウィレム・デフォーさんの昔と変わらぬニヒルな笑顔にやられてしまう映画ファンも少なくないだろう。 そのほか、ジョンと旧知の車修理店の店主、オーレリオ役でジョン・レグイザモさん、ニューヨークの裏社会を取り仕切るウィンストン役でイアン・マクシェーンさん、懸賞金欲しさに主人公の命を狙う女の殺し屋、ミズ・パーキンス役でエイドリアンヌ・パリッキさんも出演。16日からTOHOシネマズ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(山岸睦郎/毎日新聞デジタル)
「探検隊の栄光」 藤原竜也さん主演の熱い血潮感じさせるサバイバルコメディー
藤原竜也さん主演のコメディー映画「探検隊の栄光」(山本透監督)が10月16日から公開される。藤原さん演じる落ち目の俳優が心機一転、新たな仕事に挑む中で、やる気と自信を取り戻していく姿が描かれていく。ユースケ・サンタマリアさん、小澤征悦さんとの掛け合いも絶妙で、ジーンとさせられる場面があるなど、笑いと予想外の感動が味わえる作品に仕上がっている。 熱血キャラのイメージが定着し、すっかり仕事が来なくなった俳優・杉崎(藤原さん)。そんな彼の元に舞い込んだ新たな仕事。それは、未確認生物(UMA)“三つ首の巨獣ヤーガ”を求め、秘境の地を探検するテレビ番組の隊長役。これを機に挽回を図ろうと撮影場所のベラン共和国に向かった杉崎だったが、そこで待ち受けていたのは薄っぺらな台本と、調子のいいプロデューサー(サンタマリアさん)、大ざっぱなディレクター(小澤さん)など、およそ杉崎がイメージしていた現場とはかけ離れたものだった……という展開。 荒木源さんの小説が原作の今作は、1970年代後半から80年代にかけて放送され人気を博したテレビ番組で、川口浩さん率いる「探検隊」シリーズを彷彿(ほうふつ)とさせる。仰々しいタイトルにものものしいテロップ、さらに大げさなナレーションが流れていたその番組そのままの光景が広がっていくのだ。言ってもいない言葉に字幕がすり代わっていたり、人骨と称して鳥の骨を仕込んだりと、今なら捏造(ねつぞう)だ、やらせだと大騒ぎになることを、今作でスタッフが平気でやっているのを見て、ふと「川口浩探検隊」シリーズではどうだったんだろう、それをやっていてもおかしくないし、またそれが許された時代だったのだろうなどと妙に感慨深かった。 ともあれ、やりたい放題のスタッフに振り回されながら、いつしか隊長の自覚が芽生え、頼もしくなっていく杉崎。藤原さんの熱演もさることながら、適当に見えて実は緻密なユースケさんの演技、コメディアンぶりが思いのほか板についていた小澤さん、さらに寡黙なカメラマン役がはまっていた田中要次さんとのバランスが絶妙で、最後には、番組作りに懸けるスタッフの熱い血潮が伝わり、予想外の感動を味わうことができた。ほかに川村陽介さん、佐野ひなこさん、お笑いトリオ「ななめ45°」の岡安章介さんが出演。16日からTOHOシネマズ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(りんたいこ/フリーライター)
「ダイバージェントNEO」 手に汗握る興奮 映画の醍醐味が味わえるシリーズ第2弾
ベロニカ・ロスさん原作のベストセラー小説の映画化第2弾「ダイバージェントNEO」(ロベルト・シュベンケ監督)が10月16日から公開される。前作の3日後という設定で始まる今作では、「勇敢」「無欲」「高潔」「平和」「博学」の五つの共同体いずれにも当てはまらない「異端者(ダイバージェント)」のヒロインのトリスと、博学のリーダー、ジェニーンの攻防が展開していく。 異端者と判明した「無欲」出身のトリス(シャイリーン・ウッドリーさん)は、「博学」の指導者ジェニーン(ケイト・ウィンスレットさん)の追跡を逃れ、恋人フォー(テオ・ジェームズさん)、兄ケイレブ(アンセル・エルゴートさん)らと「平和」に属する者たちが暮らす村に逃げ込む。一方ジェニーンは、今は亡きトリスの両親が命を懸けて守ろうとした「箱」の中の情報を得ようと必死だった。その封印を解くのが異端者だと知ったジェニーンは、次々と異端者を捕らえては、封印を解くための過酷なテスト「シミュレーション」を課していく……というストーリー。 原作は心理描写に重きを置いていたため、どうしても疾走感を欠きがちだったが、映画はその部分を表情や動きで瞬時に表現することで切り抜け、「平和」の村がジェニーンの手下に襲われる序盤から、「高潔」本部の襲撃シーンを経て、トリスが脳内で体験するシミュレーション、さらにエンディングまで勢いに乗って見ることができた。また、原作の文字だけではイメージしづらかったシミュレーションが、視覚効果によってリアルなものとしてスクリーンに浮かび上がり、まさに手に汗握る興奮を味わうことができる。とりわけ、フォーが藻くずと化していく映像には、映画の醍醐味(だいごみ)を実感させられた。箱に隠された秘密に“それだけ?”感はあるものの、次回作を期待させるには十分なエンディングだ。ウッドリーさんはじめ、エルゴートさんやマイルズ・テラーさんら、前作の日本公開時はほぼ無名だった彼らが、今では有名になっており、その成長が確かめられるのもうれしい。ほかにオクタビア・スペンサーさん、ナオミ・ワッツさんらが出演。16日から角川シネマ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(りんたいこ/フリーライター)
「サイボーグ009VSデビルマン」 誰も予想しなかったヒーロー同士の激突
石ノ森章太郎さん原作の「サイボーグ009」と永井豪さん原作の「デビルマン」がコラボした劇場版アニメ「サイボーグ009VSデビルマン」(川越淳監督)が10月17日に公開される。 「サイボーグ009」は、悪の組織ブラック・ゴースト団によってサイボーグにされた島村ジョーら9人の戦士が正義のために戦う物語で、「デビルマン」は悪魔の力を手に入れた不動明が活躍する姿を描いている。今作では9人の戦士たちとデビルマンが、ある事件をきっかけに激突。アニメーション制作は「ビーメディア」と「ガールズ&パンツァー」シリーズの「アクタス」が手がけ、009こと島村ジョーの声を福山潤さん、デビルマンこと不動明の声を浅沼晋太郎さんが担当するなど、新たな布陣で世紀の対決が繰り広げられていく。 悪の組織「ブラック・ゴースト」によってサイボーグに改造された島村ジョーらは、ある日、ESP能力を持つ001ことイワン(声・白石晴香さん)が悪魔の出現を察知したことで、調査を開始する。一方、デーモンのアモンと融合し悪魔人間(デビルマン)となった不動明は、飛鳥了(声・日野聡さん)とともにデーモンと戦いながら、各地で頻発する凶悪な事件を追っていた。003ことフランソワーズ(声・M・A・Oさん)のつかんだ手がかりを頼りに郊外の町へやって来たジョーは、デーモンと戦うデビルマンを目撃。事件の背後にブラック・ゴーストの刺客やデーモン族の影が見え隠れする中、互いに警戒し合うジョーとデビルマンが戦い始め……というストーリー。 日本のマンガ界、そして昭和を代表する2大ヒーローが競演するというだけでも衝撃だったが、あろうことか009とデビルマンが対決を始めてしまうという展開には、さらに驚かされた。科学を武器に戦う009と悪魔の力を駆使するデビルマンでは、世界観や整合性といった部分で気がかりが多少あったが、実際にはどちらも“敵”によって特殊な能力を身に着けたもの同士であるという、ある種のダークさや作品が放つ雰囲気が予想以上にマッチした。それでいてセンチメンタルでシックな雰囲気を持つ009と、クールでハードなデビルマンという互いの持ち味も生かされており、当時のファンならずとも見応え十分の完成度だ。また別の物語も見てみたくなった。今作のオープニング曲「サイボーグ009~Nine Cyborg Soldiers~」と、エンディング曲「DEVIL MIND~愛は力~」は、アニソングループ「JAM Project」が担当している。新宿バルト9(東京都新宿区)ほか全国で2週間限定で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「先輩と彼女」 志尊淳と芳根京子が片思いする高校生を好演 恋にいちずな姿に胸キュン
南波あつこさんの同名マンガを基に実写化した映画「先輩と彼女」(池田千尋監督)が10月17日に公開される。高校1年生のヒロインが、ほかの女性に思いを寄せる高校3年生の先輩に片思いし、揺れ動く恋模様を描く。特撮ドラマ「烈車戦隊トッキュウジャー」(テレビ朝日系)のトッキュウ1号ことライトで注目を集めた志尊淳さんが憧れの先輩・美野原圭吾、NHK連続テレビ小説「花子とアン」や「表参道高校合唱部!」(TBS系)に出演した芳根京子さんがヒロインの都築りかを演じるほか、「烈車戦隊トッキュウジャー」でトッキュウ3号ことミオ役だった小島梨里杏さんが、圭吾が思いを寄せる先輩・沖田葵役で出演している。フレッシュなキャストが片思いの楽しさや切なさなど胸キュンシーンを繰り広げる。 甘い恋をすることを夢見る高校1年生の都築りか(芳根さん)は、現代文化調査研究部の部長を務める3年生の「みの先輩」こと美野原圭吾(志尊さん)に出会い、恋心を抱く。部活動を通じて仲よくなっていくが、りかは圭吾が卒業生の沖田葵(小島さん)を好きなことを知り……というストーリー。 相手がするなんでもないような仕草も輝いて見えるし、どんな行動も気になってしまうのが恋というものだが、10代の恋、それも片思いともなれば甘酸っぱさは格別かもしれない。そんな楽しさと切なさが同時に押し寄せてくる片思いに、高校というある意味、閉鎖的な場所で、先輩と後輩というトッピングが乗っかり、恋愛のキラキラ感が目いっぱい詰め込まれている。“壁ドン”や“あごグイ”はさておき、男性目線で見ていても、さりげなく手を引っ張られたり、目を見つめてほほ笑みかけたりするシーンは、性別や年齢を越えて胸キュンしてしまう。不器用で恋愛にも友情にも悩む圭吾役の志尊さんと、恋にいちずな姿と笑顔がキュートなりか役の芳根さんの2人が、まさにはまり役ともいうべき好演ぶりで、恋愛映画の甘酸っぱさを表現している。ピュアがゆえに一喜一憂していた頃を思い出す。aikoさんが歌う主題歌「合図」が主人公の感情とリンクしていて、揺れ動く恋心を一層引き立てている。渋谷TOEI(東京都渋谷区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「アデライン、100年目の恋」 「ゴシップガール」主演女優の美貌際立つファンタジー
米テレビシリーズ「ゴシップガール」(2007~12年)で人気に火がついたブレイク・ライブリーさん主演の映画「アデライン、100年目の恋」(リー・トランド・クリーガー監督)が10月17日から公開される。昨年末に夫で俳優のライアン・レイノルズさんとの子を出産したライブリーさんにとっての復帰第1作だ。ファッションアイコンともてはやされる彼女だが、その魅力が遺憾なく発揮されている。 自動車事故に遭いながら、落雷によって奇跡的に息を吹き返した女性アデライン・ボウマン(ライブリーさん)。以来彼女は老化が止まり、100歳を超えているにもかかわらず、事故当時の29歳の姿のまま生きていた。周囲に怪しまれないよう10年ごとに名前も住所も変え新しい人生を始める彼女にとって、愛犬と過ごす日々だけが心のよりどころだった。そんな中、彼女は大みそかの年越しパーティでエリス(ミキール・ハースマンさん)という青年と出会う……という展開。 事故に遭いながら奇跡的に助かり、しかも老化が止まってしまったなど、そんな話あり得ないだろうとあきれるが、そのあり得ないことをまざまざと見せつけられ、突っ込むどころかそのままじっと見入ってしまった。それもすべて、ライブリーさんの美しさのせいにある。昨年末に出産したというのに体形はスレンダーで、美貌(びぼう)にも磨きがかかった。彼女がまとうファッションがさらに美しさを引き立たせ、グッチが提供した衣裳なども見事に着こなしている。 おとぎ話であり、どこまでもファンタジックでロマンチック。途中からバンパイア路線に傾いても不思議はないストーリーだが、かたくなにラブファンタジー路線を貫いているところがいい。それでいて人生や死というものにも向き合わせてくれる。それも決して大げさにではなく、あくまでもさりげなく。不老不死は女性にとって、いや、人間にとっての永遠の願いだ。しかし、不老不死ということは、愛する人が死んでも自分だけは生き残るということ。その孤独感たるや想像するのも恐ろしい。人間が生き続けられるのは愛する人がいるからこそだ。そのことにこの映画は、優しく気付かせてくれる。そして小粋なエンディングを見ながら、これはある意味アンチエイジングを見事に否定した物語なのだと思った。ほかにハリソン・フォードさん、エレン・バースティンさんらが出演。17日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほか全国で公開。 (りんたいこ/フリーライター)
「ヒトラー暗殺、13分の誤算」 自由を愛する男の信念が強く心に刺さる
単独でヒトラーへ暗殺を仕掛けた実在の人物をもとにした「ヒトラー暗殺、13分の誤算」(オリバー・ヒルシュビーゲル監督)が10月16日から公開される。「ヒトラー~最期の12日間~」で人間ヒトラーに迫ったヒルシュビーゲル監督が、今度はドイツが長らく封印してきた暗殺者の素顔に迫った。 1939年11月8日。ミュンヘンのビアホールで演説したヒトラーは、その日たまたま早めに切り上げて去った。その13分後、時限爆弾が爆発。8人が亡くなった。ゲシュタポはクーデターか英国諜報部を疑ったが、逮捕された男は平凡な家具職人のゲオルク・エルザー(クリスティアン・フリーデルさん)だった。刑事局長のネーベ(ブルクハルト・クラウスナーさん)とゲシュタポの局長ミュラー(ヨハン・フォン・ビュローさん)が捜査を担当し、過酷な尋問が行われるが、エルザーは単独犯を主張する。エルザーの胸には、田舎で仲間たちや恋人と過ごした日々がよみがえる……という展開。 暗殺未遂犯は普通の青年だった。エルザーがどんな暮らしをしてきたのか。音楽と自由を愛し、田舎で仲間と過ごす。そして、人妻に恋をする。まぶしい光の中に描かれるからこそ、平和の尊さが伝わってくる上、尋問シーンの過酷さも際立つ。黒幕は本当にいないのか。政党に所属しないドイツ民族の同胞がなぜ、総統を憎むのか。その理由は、のどかな田舎にファシズムが忍び寄る様子に丹念に描かれている。ナチ党が大衆を巧みに先導していく様子も出てくる。エルザーは恋人のために、自白を始める。「自由を奪われたら死ぬ」と真っすぐな瞳で答えるエルザーに、尋問する側であるネーベの心が動かされていくさまも見どころだ。恋人や仲間への愛の深さと、一人で戦争を止めようと闘った男の信念が胸に突き刺さる。エルザーの関係者に綿密に取材がなされて、「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」(2005年)のフレート・ブライナースドーファーさんとその娘レオニー・クレアさんが脚本を書き上げた。「白いリボン」(09年)のフリーデルさんが主人公を熱演し、謎多き過去の人物に命を吹き込んでいる。TOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区)ほかで、16日から公開。(文・キョーコ/フリーライター)
「ボーダレス ぼくの船の国境線」 船上の少年と侵入者の言葉を超えた交流を描く
昨年の東京国際映画祭で「アジアの未来」部門作品賞を受賞したイラン映画「ボーダレス ぼくの船の国境線」(アミルホセイン・アスガリ監督)が10月17日から公開される。イランとイラクの国境沿いの立ち入り禁止区域にある古い船。そこを根城(ねじろ)にする少年と突然の侵入者たちとの緊迫と交流を、言葉を超えた緊張と感動の中に描き出す。 イランとイラクの国境沿いの川。一人の少年(アリレザ・バレディさん)が大きな船の中で、魚や貝をとって、それを売りさばいてたくましく暮らしていた。ある日、誰もいないはずの船で人の気配がする。偵察に行ってみると、同じくらいの年齢の少年兵がいた。少年兵は銃で少年を脅し、勝手にロープを張って、船の半分を占拠した。「銃なんか怖くない」と息巻く少年だが、言葉が全く通じない。ところが爆撃音が鳴り響いた日、少年兵が走り去っていく。しばらくして、今度は赤ん坊の泣き声が聞こえて……という展開。 古い船という舞台に、最初は登場人物が一人。冒頭から数十分間、せりふはなく、まるでサイレント映画のようで、少年の行動をじっくり見つめることになる。侵入音で一気に緊張感が走る。やがて、次々に侵入者が現れる。ペルシャ語とアラビア語と英語が飛び交うが、言葉は無力で、彼らはけん制し合う。戦争は国と国、あるいは民族同士の対立だ。背景にそんなことを感じさせながら、人が個と個となったときの命懸けで気持ちを通じ合わせる様子が描かれる。少年は相手をじっくりと観察した。この映画は、平たくいうと、人が人に恐怖心を持つときの状況と、その恐怖心をどうやって乗り越えていくのかが描かれている。対立を飛び越える装置として、まっさらな存在である赤ん坊を使って、ダイレクトに感情に訴えかけてくる。赤ん坊の泣き声が、相手との垣根を壊して、人にうそのない涙を流させる。心が通じ合う瞬間に、心が震える。プロの俳優を使わずに佳作を作るイラン映画の流れを受けて、助監督時代が長かったアスガリ監督がデビュー作として撮影した。イランではデビュー作を製作するとき、撮影許可のためにベテラン監督のサインが必要だという。今作の監督のアドバイザーには、名匠アボルファズル・ジャリリさんが名を連ねている。新宿武蔵野館(東京都新宿区)ほかで17日から公開。(文・キョーコ/フリーライター)