「スティーブ・ジョブズ」“伝説のプレゼン”舞台裏に焦点 圧倒的密度の会話劇に引き込まれる
2011年に亡くなった米アップルの創業者スティーブ・ジョブズさんの生き方を描いた「スティーブ・ジョブズ」(ダニー・ボイル監督)が2月12日から公開される。「スラムドッグ$ミリオネア」(08年)でアカデミー賞監督賞を受賞したボイル監督がメガホンをとり、脚本を「ソーシャル・ネットワーク」(10年)で同賞の脚色賞を受賞したアーロン・ソーキンさんが担当していることでも注目を集めており、ジョブズさんの“伝説のプレゼン”の「直前40分の舞台裏」が描かれている。 映画は3部構成で、1984年の「Macintosh発表会」と88年の「NeXT Cube発表会」、そして98年の「iMac発表会」と、ジョブズのそれぞれのプレゼンでの舞台裏が時系列で描かれる。84年の「Macintosh発表会」では、開始直前、主役のパソコン「Macintosh」の音声ソフト関連のトラブルに直面し、部下と一悶着(もんちゃく)を起こす。そこへ元恋人がジョブズが認知していない娘・リサを伴って訪れ、養育費を要求される。さらに共同創業者のウォズニアック(セス・ローゲンさん)からは「Apple2」チームへの謝辞を要求され……という展開。続く第2部の「NeXT Cube発表会」では、アップルを追い出されたジョブズが新たに立ち上げたネクストでの発表会直前の様子が、第3部「iMac発表会」ではアップルに復帰し、CEOに就任したジョブズと、ハーバード大学に通う娘リサとのプレゼン直前のやり取りなどが描かれている。ジョブズ役をマイケル・ファスベンダーさん、ジョブズを長年にわたって支えるマーケティング担当のジョアンナ役をケイト・ウィンスレットさんが演じている。 日本においてもスティーブ・ジョブズさんの名は“カリスマ”として誰もが知るところだ。構成としては、そのカリスマの伝説として知られるプレゼンの裏側が3部に分かれて描かれているが、核となるのはアップルの経営陣や創業者とのやり取りに焦点を当てた企業人としてのエピソードと、娘との親子の愛憎を描いた父親としてのエピソードだ。企業人として組織のカリスマとして、部下や仲間に理不尽な要求を突きつけ、理想の実現のために周囲を振り回し続けるその姿は、我々が伝え聞くジョブズさんのイメージそのもの。そこに見えるのは、敬われつつも恐れられる孤高の天才の姿だが、一転、父親パートでは娘に対して分が悪く、得意(?)の口論で娘に、けおされることも。カリスマ企業人という側面と後ろめたい思いを抱える父親という側面……この二つが同時並行的に進むことで、単に畏怖されていただけではない、既存のイメージの裏側にあるジョブズの真の姿を垣間見ることができ、キャラクターの魅力を増幅させる。 脚本は、「Facebook」創業者のマーク・ザッカーバーグさんを膨大なせりふ量を駆使して描いた映画「ソーシャル・ネットワーク」のソーキンさんということで期待していた通り、圧倒的な密度で進む会話劇も今作の特徴のひとつ。冒頭から怒涛(どとう)の勢いで進むリズミカルな会話劇はやはり「ソーシャル・ネットワーク」を彷彿(ほうふつ)とさせ、観客は冒頭から息のつけない独特の世界に引きずり込まれることになる。ボイル監督ならではの美しい映像も健在で、聴覚と視覚の両面で楽しめる作品に仕上がった。12日からTOHOシネマズ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(河鰭悠太郎/毎日新聞デジタル)
「キャロル」 ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラ共演 美しい女性2人が引かれ合う
ケイト・ブランシェットさんとルーニー・マーラさんが共演し、第68回カンヌ国際映画祭で話題となった「キャロル」(トッド・ヘインズ監督)が11日から公開される。「太陽がいっぱい」(1960年)など映画化された作品も多い人気作家パトリシア・ハイスミスが別名義で発表した小説が原作。1950年代のニューヨークを舞台に、対照的な女性同士が引かれ合うさまを流麗に描き出す。 1952年、ニューヨーク。テレーズ(マーラさん)は高級百貨店のおもちゃ売り場で働いていた。写真家になる夢も持ち合わせており、恋人のリチャード(ジェイク・レイシーさん)との結婚を考えられずにいる。クリスマス間近のある日、客として現れた金髪の美しい年上の女性に目を奪われる。その女性、キャロル(ブランシェットさん)もまた、テレーズの視線に気づいた。娘へのプレゼントを一緒に選んだテレーズは、キャロルが忘れていった手袋を郵送する。その後、交流が始まり、キャロルが不幸な結婚生活に送っていることを知ったテレーズは……という展開。 この映画は美しい。2人のヒロインが美しいのはいうまでもない。50年代ファッション、インテリア、細部にわたっての細かい美術はもちろんのこと。そして、自分の生きる道を探している2人の、魂の触れ合いを美しいと感じる。エレガンスな大人の女性と、まだ人生が始まったばかりの若い女性。テレーズがすてきな大人の女性に憧れるのも分かるし、キャロルが将来があって透明感のあるテレーズに引かれるのも理解できる。クリスマスムードの高級百貨店という夢の詰まった舞台での出会いは、ドキッとするほどロマンチック。なのに、憧れの人の私生活は、ロマンチックからかけ離れていた。不幸な結婚、子どもの親権争い。楽しげな街を行き交う人々が、地下を流れる排水に気づきもしないように、外見の印象から人の本質は分からない。 テレーズは、キャロルに心を寄せる過程の中で、自分がどう生きたいのかに気づき、大人の女性へと成長していく。その繊細な演技で、マーラさんはカンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞。女性の社会的な地位が今よりも低かった時代に、生きづらさを抱えながらも自分に正直に生きようとした2人の女性。彼女たちから背中を押される気分になる人も多いだろう。「エデンより彼方に」(2002年)などで知られるへインズ監督が、人が自分らしく生きるために伴う痛みを、この上なく美しい絵のような映像に焼き付けている。衣装は「シンデレラ」(15年)などのサンディ・パウエルさん。上品な色合いの50年代ファッションにため息が出る。TOHOシネマズみゆき座(東京都千代田区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)
「ライチ☆光クラブ」 ダークファンタジーの世界を背景に少年たちの思春期を描く
俳優の野村周平さんの主演映画「ライチ☆光クラブ」(内藤瑛亮監督)が2月13日に公開される。映画は、劇団「東京グランギニョル」が1985年に上演した舞台を基に、古屋兎丸さんが2005年にマンガ化した「ライチ☆光クラブ」と「ぼくらの☆ひかりクラブ」が原作となっている。黒い煙に包まれた蛍光町を舞台に、廃工場を秘密基地にした「光クラブ」に集まった醜い大人たちを嫌う14歳の少年たちの残酷で多感な思春期を描く。タミヤ役の野村さんほか、古川雄輝さん、間宮祥太朗さん、池田純矢さん、松田凌さんら若手俳優が顔をそろえた。 工場から黒い煙が立ちのぼり、油にまみれた蛍光町の廃虚へ、深夜に集まる9人の中学生がいた。秘密基地の名は「光クラブ」と呼ばれ、強いカリスマ性と天才的頭脳を持つゼラ(古川さん)が8人の少年たちを従えている。メンバーは醜い大人を否定し、自分たちだけの世界を作るため、兵器として機械(ロボット)を開発。ロボットにライチ(声・杉田智和さん)と名付け、光クラブに美しい希望をもたらす少女の捕獲を命じる。一方、小学生の頃、ダフ(柾木玲弥さん)とカネダ(藤原季節さん)の3人で光クラブを作ったリーダーのタミヤ(野村さん)は、ゼラの思想に危険性を感じ始め……というストーリー。 今作はもともと舞台演目として誕生し、その後、古屋さんがコミカライズした2作品をベースにして映画化しているが、両作をうまくミックスし、原作ファンを裏切らないストーリーに仕上がっている。世界観としては耽美(たんび)で退廃的、そして残酷さも漂うダークファンタジーだが、誰しもが通過してきたであろう排他的でもろくもある思春期を迎えた少年たちの揺れ動く心情も描き出されている。少年同士の裏切りや愛憎などが妖(あや)しげに、また時にユーモラスに描かれ、芝居がかったせりふ回しなどもあり、世界観的に好みは分かれそうだが、若手キャストの鬼気迫る狂気ぶりは真に迫っている。ロボットのライチがかもし出す切なさには胸を打たれた。13日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほかで公開され、27日から全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」 初海外ロケは台風直撃など波乱の展開
テレビ東京の人気旅バラエティー番組を映画化した「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」が2月13日に公開される。「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」は、俳優の太川陽介さんとマンガ家の蛭子能収さんのコンビに、女性ゲスト(マドンナ)1人を加えた3人が、日本国内にある路線バスを乗り継ぎ、3泊4日の日程内に目的地到達を目指す人気の旅バラエティー番組。番組初の海外ロケとなる映画版では、マドンナにタレントの三船美佳さんを迎え、異国の地・台湾での過酷なバス旅が繰り広げられる。 日本を飛び出し、初めて海外で行われる映画版「路線バス乗り継ぎの旅」の舞台は台湾。番組レギュラーでリーダーの太川さんとマイペースすぎる蛭子さんのコンビにマドンナ・三船さんを加えた3人は、原則としてローカル路線バスだけを乗り継ぎ、台北から目的地である台湾最南端のガランピ灯台を目指す。言葉の壁に苦労しながらバスを乗り継いでいく3人だったが、台風が直撃してバスが全線運休となってしまい……という展開。 路線バスだけを乗り継いで目的を目指すという、シンプルながらもガチンコ過ぎる旅とルールで人気を博している番組のまさかの映画版。番組史上初となる海外ロケは、一言でいえば、いつもと変わらずガチンコ感満載のバス旅が楽しめる。異国の地でもやっぱり自由すぎる蛭子さんに笑わせられるし、いつも通り冷静にまとめ役に徹する太川さん、それにとにかく明るく元気いっぱいの三船さんと、3人の魅力が絶妙にからみ合い、共に旅をしている気分に浸ることができる。旅にハプニングは付きものだが、まさかの台風直撃という前代未聞の事態も発生するなど、映画版にふさわしい盛り上がりもあり、ラストまでハラハラドキドキさせられる。バス旅ならではの風景や地元の人との触れ合いも見どころだ。13日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「ディーパンの闘い」カンヌ受賞作 主演の元兵士のりりしい演技が強烈な印象を残す
第68回カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドールに輝いた「ディーパンの闘い」(ジャック・オディアール監督)が2月12日から公開される。内戦下のスリランカから逃れてパリにやって来た元兵士ディーパンが、疑似家族を守るために闘う人間ドラマが力強く描かれている。本物の元兵士で作家のアントニーターサン・ジェスターサンさんが真に迫る演技で魅了する。 ディーパン(ジェスターサンさん)は、タミル・イーラム解放の虎の兵士としてスリランカで内戦を戦った男。妻子を失い、難民キャンプで海外渡航の斡旋(あっせん)事務所を通して、母親を亡くした少女(カラウタヤニ・ビナシタンビさん)と一人の女性(カレアスワリ・スリニバサンさん)を紹介される。女性は24歳の妻ヤリニ、少女は9歳の娘イラヤルとなって家族を装い、パリに行き着く。やがて郊外の団地に移り住み、ディーパンは管理人、ヤリニは家政婦として働き、イラヤルは学校へ行くようになり、穏やかな日々を手に入れたように見えたのだが……という展開。 冒頭、スリランカから逃れてくるいきさつが、ずっしりと重みを持って描写される。元兵士だという主演のジェスターサンさんの深い悲しみをたたえた目と風貌は、とても印象深い。疑似家族はパリ郊外の団地に居を構える。ひなびた古い建物で、安住の地にしてはどこか危険なにおいがするこの舞台が、ディーパンたちの物語の行く末を不透明で不安なものにし、クライマックスのサスペンスにうってつけの場所になった。すべてを失った男ディーパンは、ここで新たな家族と真面目にやっていこうとしている。しかし団地には、麻薬の売人やチンピラがいて、ここも安全な場所とは言い切れない。多人種が入り乱れ、一見どの国なのか分からなくなり、フランスの社会構造も浮き彫りにされる。ディーパンとヤリニは少しずつお互いを分かりかけるが、生きるのに必死な者同士、ぶつかり合いも多い。 フランス語をいち早く覚え、子どもらしい順応性で社会になじみ始めるイラヤルに対し、大人たちはこれまでの人生が重過ぎるのだ。暴力を捨てた男が再び暴力の中に飛び込む姿は見ていてつらいが、そこにディーパンの決死の気持ちが見え、祖国で家族を守れなかった悔恨までが透けて見える。必死に闘うディーパンがりりしい。後半になるほど緊張感と高揚感がスクリーンの端々までみなぎり、心が揺さぶられる。「君と歩く世界」(2012年)などで知られるフランスの鬼才オディアール監督が手がけた。劇中音楽は、エレクトリックミュージックの気鋭ニコラス・ジャーさん。12日からTOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)
「鉄の子」 田畑智子主演 弱い立場だからこそたくましく育つ子供たちがけなげ
「キューポラのある街」(1962年)の舞台となった鋳物工場がある埼玉県川口市を舞台にした新時代のヒューマン作「鉄の子」(福山功起監督)が2月13日から公開される。再婚した親同士を離婚させる作戦を立てながら、仲よくなっていく子どもたちの姿がたくましい。 鋳物工だった父親を亡くし、母やよい(田畑智子さん)と2人暮らしの陸太郎(佐藤大志君)の家に、新しい父親・紺(裵ジョンミョンさん)と娘の真理子(舞優さん)がやって来た。陸太郎は、かつて父親が働いていた工場のおじさん(スギちゃん)に父親になってもらいたかったのだが……。同じクラスになった陸太郎と真理子は、同級生にからかわれる。真理子の提案で「リコンドウメイ」を組んだ2人は、次々に作戦を立てていく。そんな折、無職だった紺が仕事を見つけてきて、ようやく生活が落ち着きかけるが……という展開。 子どもは弱い立場にある。だが、親が頼りない場合、たくましくならざるを得ない。そんなけなげ過ぎる子どもたちの話だ。冒頭、再婚して盛り上がっているのは父と母だけ。つまらなそうな表情の陸太郎。ふてくされ気味の真理子。演じる2人が実にいい表情をしている。2人が再婚した両親の離婚を計画するというユニークな設定ながら、露骨に笑いを取ろうとする演出はなく、日常が丁寧に描かれていく。いかにも子どもが考えそうな作戦内容がほほ笑ましい。陸太郎の手には、大事そうに鉄の塊が握られている。その鉄は、彼の心のよりどころなのだろう。真理子は陸太郎よりも大人びて見えるが、母が失踪しており、心の傷も深そうだ。真理子の弱さに陸太郎が気づいたとき、彼は優しさに裏打ちされた強さを身につける。 親に振り回される子どもたちを見ていると切なくなるが、子どもが成長する力が唯一の希望なのだと思わされる。スッとしたりりしい顔つきに変わっていく陸太郎を見て、そう感じる。たたき上げられる鉄に、子どもたちの姿が自然と重なる。「お引越し」(93年)で親に翻弄(ほんろう)される子どもを演じた田畑さんが、子どもを翻弄する母親役を好演。陸太郎に男としての生き方を教えてくれるおじさん役を、お笑い芸人のスギちゃんが味わい深く演じている。福山監督は実体験を基に物語を作ったという。SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザと埼玉県が製作。13日から角川シネマ新宿(東京都新宿区)ほかで公開。(文・キョーコ/フリーライター)
「劇場版selector destructed WIXOSS」 テレビ版を基に新たな展開
テレビアニメ「selector」シリーズの劇場版アニメ「劇場版selector destructed WIXOSS」(佐藤卓哉監督)が2月13日に公開される。「selector」はトレーディングカードゲーム「WIXOSS(ウィクロス)」を基にしたテレビアニメで、14年4月に第1期「selector infected WIXOSS」、同年10に第2期「selector spread WIXOSS」が放送された。劇場版はテレビ版のスタッフが再集結し、テレビシリーズをベースに、クライマックスへと向けて新たなストーリー展開を見せる“新解釈版”として製作されている。 中学生の小湊るう子(声・加隈亜衣さん)は、ある日、兄からもらったトレーディングカード「WIXOSS」を開封。するとカードに描かれた少女が突然動き出す。るう子はカードの中の少女にタマ(声・久野美咲さん)と名付けた。そんなるう子の前に、同級生の紅林遊月(声・佐倉綾音さん)が現れ、カードバトルを挑まれる。遊月の話では、“意志を持ったカード”を手に入れた少女は“セレクター”と呼ばれ、セレクター同士のバトルを制した者は、最終的に自分の望んだ姿“夢限少女”になれるという……というストーリー。 テレビシリーズは、しっかりと構築された世界観に個性あふれるキャラクター、胸にぐっとくるストーリーで好評を博した。劇場版でもその魅力は健在だ。序盤こそテレビシリーズの総集編に近い形でスタートするが、物語が進むにつれ、次第に新たな様相を呈し、次にどう転がるか予測不能な展開で楽しませてくれる。テレビシリーズと同じく、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」などの岡田麿里さんが手がける脚本は、吸引力が抜群で、ミステリアスなドラマとソリッドな映像のコントラストが物語に重みと現実感を与えている。カードバトルの行方もさることながら、主人公とカードに描かれた少女との関係性にも注目。劇場版ならではのクライマックスが味わえる。13日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)