「怒り」日本屈指の俳優たちが競演 信じる力を試されるヒューマンミステリー
渡辺謙さんや宮崎あおいさん、さらに妻夫木聡さんら日本映画界屈指の俳優たちが競演する映画「怒り」が9月17日から公開される。この作品は、吉田修一さんの同名小説を李相日監督が映画化したもので、吉田さんの小説を李監督が映像化するのは、2010年公開の「悪人」以来2作目となる。音楽を、坂本龍一さんが担当。ひりひりするような痛みを伴う、人を信じることの難しさを痛感させられる作品だ。 1年前に八王子で起きた夫婦殺人事件。犯人が整形し逃亡を続ける中、千葉、東京、沖縄に、素性の知れない若者が現れる。千葉の漁協組合で働く槙洋平(渡辺さん)の娘、愛子(宮崎さん)は、2カ月前から漁港で働き始めた田代哲也(松山ケンイチさん)に引かれていく。東京では、大手通信会社に勤める藤田優馬(妻夫木さん)が、大西直人(綾野剛さん)という無職の男と出会う。沖縄では、高校生の小宮山泉(広瀬すずさん)が、バックパッカーの田中信吾(森山未來さん)と知り合う。それぞれの場所で、それぞれの人たちが、やがて、信じる力を試されていく……というストーリー。 未解決の殺人事件に、身元不詳の3人の若者。当然ながら当初は“犯人探し”に関心の矛先が向いた。しかしそういったことは、やがて興味の枠から外れ、3人を愛した人たちが、果たしてどこまで彼らを信じられるのかということに神経が集中していった。それは、自分自身の“人を信じる力”を試されることでもあり、見終えた時は、“怒り”の根源や“愛”について、さまざまな思いが去来した。俳優たちの役への没入感もすさまじく、渡辺さんは、娘の幸せを願うあまりオロオロするばかりの父親に徹し、妻夫木さんは、本当の愛に気付き始めるゲイの男になり切っていた。松山さん、綾野さん、森山さんは、いい意味で存在感を打ち消し、広瀬さんは、物語の前半と後半でまったく異なる表情を見せていた。俳優たちから従来とは違う表情を引き出し、三つの独立した話を違和感なく一つにまとめあげた李監督の手腕に、改めて感服した。17日からTOHOシネマズ日劇(東京都千代田区)ほか全国で公開。(りんたいこ/フリーライター)
「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」孤独な少女と巨人の友情に大人も感動
スティーブン・スピルバーグ監督が手掛けた初のディズニー映画「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」が9月17日から公開される。この作品は、映画「チャーリーとチョコレート工場」(2005年)の原作者で知られるロアルド・ダールさんの児童小説の映画化で、養護施設育ちの少女ソフィーと、夜ごと子供たちに「夢」を届ける優しい巨人、BFG(ビッグ・フレンドリー・ジャイアント)の友情と冒険の物語だ。脚本を執筆したのは、昨年他界したメリッサ・マシスンさん。音楽はジョン・ウィリアムズさん。スピルバーグ監督の代表作「E.T.」(1982年)以来の3人の顔合わせを喜ぶ映画ファンは少なくないだろう。 英ロンドンの児童養護施設で暮らす10歳の少女ソフィー(ルビー・バーンヒルさん)。ある夜、寝つけず窓の外を見ていると、見たこともない巨人(マーク・ライランスさん)が現れ、毛布ごと「巨人の国」に連れていかれてしまう。身長が7メートルもあるその巨人を最初は恐れていたソフィーだったが、菜食主義者で礼儀正しく、孤独な生活を送るBFGの優しさに触れ、次第に打ち解けていく。一方、巨人の国にはBFGよりも大きな巨人たちが住んでおり、人間界に脅威を与えていた。ソフィーはBFGに、巨人たちを一緒に倒そうと持ち掛けるが……というストーリー。 BFGを演じるのは、スピルバーグ監督の前作「ブリッジ・オブ・スパイ」(2015年)での演技で米アカデミー賞助演男優賞に輝いたライランスさんだ。世界中のささやきを聞き取ることができる大きな耳とワシ鼻、さらに7メートルの巨体のBFGは、モーションキャプチャーで作り上げられたものだが、ライランスさん自身が持つ優しい雰囲気がにじみ出た、実にチャーミングなキャラクターになっている。BFGは、いわば“夢の調合師”。彼が夢の採取に向かう「夢の国」は、オーロラがかかる北欧のように幻想的で、色とりどりの“夢”も美しく、そういった映像美やソフィーの愛らしさと勇気、物語が持つ温かさが相まって、夢のあるすてきな映画に仕上がっている。“違い”は友情を育む上で障害にはなりえないことを痛感させられ、不覚にも涙する場面もあった。一見子供向けだが、大人の心にも十分響く作品だ。なお、日本語版ではソフィーの声を、人気子役の本田望結さんが担当している。17日からTOHOシネマズ日劇(東京都千代田区)ほか全国で公開。 (りんたいこ/フリーライター)
「レッドタートル ある島の物語」一切せりふなしの画期的ジブリ作品 人間と自然が織りなす物語
スタジオジブリの長編最新作「レッドタートル ある島の物語」(マイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督)が9月17日に公開される。2000年に公開された「岸辺のふたり」でアカデミー賞短編アニメーション映画賞をはじめ、高い評価を得たマイケル監督の長編初監督作品。嵐で海に放り出され無人島に漂着した男が体験する不思議な出来事を描き、第69回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で特別賞を受賞した。全編を通してせりふがなく、美しい映像と音楽とともに描き出される世界観とストーリーに引き込まれていく。 嵐の中、荒れ狂う海に放り出された男が、九死に一生を得て無人島にたどり着く。男は島からの脱出を試みるが、見えない力で何度も島に引き戻されてしまう。絶望的な状況に置かれた男の前に、ある日、一人の女が現れ……というストーリー。 スタジオジブリの作品といえば大人も子供も楽しめるものというイメージが強いかもしれないが、今作はもちろん子供も楽しめるだろうけれども、基本的には大人向けの映画だと感じた。とにかくチャレンジングな内容で、初めてジブリが海外監督とタッグを組んだり、日本人の中にはまだ見るのがつらい人も多いであろう津波のシーンがあったり、なにより一切せりふがないという演出には驚かされる。 童話やおとぎ話を見ているような気分に浸りながらも、不条理や衝撃の展開などで現実とファンタジーの境界で強く心を揺さぶられる。言葉が存在しない分、力強い画や奏でられる音楽が雄弁だ。見る人によって解釈や好みが分かれるだろうが、画期的なジブリ作品であることは間違いない。17日からTOHOシネマズ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「オーバー・フェンス」オダギリ、蒼井ら出演 閉ざされた心のふれあいと明日への希望を描く
孤高の作家・佐藤泰志さん原作の「海炭市叙景」(2010年)「そこのみにて光輝く」(14年)に続く、3部作の最終章となる「オーバー・フェンス」(山下敦弘監督)が9月17日から公開される。失業中の中年男性と風変わりなホステスとの純粋な愛の物語。「苦役列車」(12年)などの山下監督が、閉ざされた心のふれあいと明日へのささやかな希望を焼き付ける。 白岩義男(オダギリジョーさん)は妻子と別れて、仕事もやめ、故郷の函館に戻った。職業訓練校に通いながら、質素な日々を過ごしている。学校には、元ヤクザや殻に閉じこもった若者などがいたが、白岩は深く関わることなくやり過ごしていた。そんなある日、同じ訓練校に通う代島(松田翔太さん)に連れられてキャバクラに行く。そこで、以前コンビニ前で見かけた女性と再会する。鳥のまねをする少し風変わりなその女性は、ホステスの田村聡(蒼井優さん)といい、白岩は聡に引かれ始める……というストーリー。 こんな大人向けの映画が見たいと思っていた。妻子と別れた中年男・白岩。エキセントリックなホステスの聡。閉じた2人の心が内がじっくりと映し出される。周囲と摩擦を起こすわけではないが、溶け込んでもいない白岩は、感情をあらわにしない。ところが、聡は感情をむき出しにする。聡に引かれる白岩の必然が、鳥の鳴きまねをしながら踊る聡のシーンで端的に語られ、非常にインパクトがある。オダギリさんと蒼井さんの配役は、これ以上にないほどマッチしている。2人がもともと持っている透明感に、役柄の“悲しさ”が混ざり合い、激しくぶつかり合うシーンでの緊張感も生々しく、ズシズシと響いてくる。 一方、白岩の通う訓練校でも人間関係に緊張感が走る。ここでも、人生に追い詰められた人間の姿が浮かび上がる。しかし、映画が進むにつれて、そんな閉塞(へいそく)感を打ち破る兆しが感じられる。ファンタジックな魔法がかかった遊園地のシーンを合図に、束縛されていた魂が解放されていく……。原作者の佐藤さんが函館の職業訓練校で過ごした経験をつづり、芥川賞候補にもなった小説を、山下監督らしい温かいユーモアと力みのない青春映画の風情で包み込んだ。青空の下のソフトボールには、失業者たちの明日へのささやかな希望がともっている。「ただ働いてただ死んでいく」人生にも、何かがある。そう思わせる一作だ。17日からテアトル新宿(東京都新宿区)で公開。(キョーコ/フリーライター)