「あやしい彼女」 多部未華子が“女優魂”開眼!? 昭和の歌とファッションが彩る若返りコメディー
女優の多部未華子さんの主演映画「あやしい彼女」(水田伸生監督)が4月1日に公開された。2014年公開の韓国映画「怪しい彼女(英題:Miss Granny)」(ファン・ドンヒョク監督)を、「舞妓Haaaan!!!」(07年)や「謝罪の王様」(13年)の水田監督がリメークした。73歳の毒舌おばあちゃんが、ひょんなことから20歳の姿に若返り、歌手デビューのチャンスをつかむ………というコメディー作。多部さんは撮影前に約3カ月間、歌の特訓をして、自ら「見上げてごらん夜の星を」(1963年)、「真っ赤な太陽」(67年)、「悲しくてやりきれない」(68年)など懐メロの名曲を劇中で自ら歌っているのも見(聴き)どころだ。 女手一つで娘を育て、自身が望むような人生を送ることができなかった73歳の毒舌おばあちゃん・カツはある日、娘(小林聡美さん)とケンカして家を飛び出し、吸い寄せられるように1軒の写真館にたどり着く。そこでカツは、写真を撮り、店を出ると20歳の姿に戻っていた。かつての美しい姿を取り戻したカツは髪形や洋服、さらに名前も節子と変えて、新しい人生を楽しみはじめる。あるイベントで歌っていると、その天性の歌声に引かれたイケメン音楽プロデューサーにスカウトされ、歌手デビューのチャンスをつかむが……というストーリー。ヒロインの20歳の姿を多部さん、73歳の姿を倍賞美津子さんが演じ、恋のお相手のプロデューサーは要潤さんが演じている。 映画を彩る音楽は、水田監督が演出したドラマ「Woman」(13年)や「Dr.倫太郎」(15年)なども手がけた三宅一徳さんが担当し、劇中歌は「スワロウテイル」(96年)や「リリイ・シュシュのすべて」(01年)、またMr.ChildrenやMY LITTLE LOVERらアーティストのプロデューサーとしてヒット曲を世に送り出してきた小林武史さんがプロデュースした。 この手の人生リセット劇や心と体の入れ替わりというモチーフは映画やドラマでこれまでもいくつか作られてきたが、今作はそこに60年代の名曲が加わり、さらに70年代ファッションが全編を彩っていて一際華やかだ。ただ根底に流れるテーマは、親子や地域との絆だったり、戦中派が自分の人生を生き直すという“生き方”を考えさせられる奥深いもので、コメディーだからといってただ笑い、ファッションを目で楽しむだけでなく、ほろりとさせられ、自分の人生を振り返るのに最適な作品に仕上がっている。 出演者は、倍賞さんや小林さん、要さん、志賀廣太郎さん、温水洋一さん、あの「他人の関係」(73年)を歌った歌手の金井克子さんら芸達者がそろっているが、一番驚いたのは多部さんの芸達者ぶりだ。歌はもちろん、ライブシーンでの堂に入ったステージング、演技も心は本当に73歳なんじゃないかと思えるべらんめえおばあちゃんぶりにはおそれ入った。多部さんの“女優魂”が感じられる良作。1日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほか全国で公開。(細田尚子/MANTAN)
「蜜のあわれ」 金魚役二階堂ふみの艶めかしい踊りに見とれるファンタジー作
明治から昭和にかけて活躍した、詩人で小説家の室生犀星(1889~1962年)の同名の私小説を映画化した「蜜のあわれ」が、4月1日に公開される。大杉漣さんが演じる老作家と、二階堂ふみさん演じる金魚の少女、さらに、真木よう子さん演じる幽霊の三角関係が、幻想的に描かれていく。「生きてるものはいないのか」(2011年)や「シャニダールの花」(12年)などで知られる石井岳龍監督が手がけた。 老作家(大杉さん)と“同居”する自由奔放な娘、赤井赤子(二階堂さん)は自分を「あたい」と呼び、それまで、老作家の絵のモデルをしていたかと思うと、突然、赤いワンピースに着替え、さっさと出かけて行くなど、勝手気ままな生活を送っていた。実は、赤子は金魚で、ある日、老作家の講演会に出かけて行った赤子は、そこで、田村ゆり子(真木さん)と名乗る美しい和装の女性と知り合う……というストーリー。 なんてファンタジックな作品なのだろう。庭の池で飼っている金魚が、日中は人間の娘の姿になり、夕方になると金魚に戻り池で眠る。信じがたいストーリーだが、外連味(けれんみ)たっぷりの演出と映像とが一緒になることで、人間のわびしさや孤独、老いに対する戸惑い、さらに、老作家に投影されているとされる室生自身の死生観が、静かに表れてくる。 俳優たちが皆、昭和の香りをまとい、流れる音楽も、昭和の時代を彷彿(ほうふつ)とさせる。その中で一際目を引くのが、赤子を演じる二階堂さんだ。赤い衣装をひらめかせ奔放に振る舞う姿は、まさに赤い琉金(リュウキン)。老作家が、「つるつるさんの極楽」と形容する、丸いお尻のきれいなことといったらない。彼女が、サイケデリックな色彩の中で、ショーガールのように腰を振り、なまめかしく踊る姿は、セクシーかつチャーミングで、それでいて、動くたびにブクブク、ポコポコといった水を思わせる音が聞こえ、ああそうか、彼女は金魚だったんだと現実に引き戻されるという、なんとも不思議な感覚を味わった。 彼女の存在があるからこそ、大杉さん演じる、枯れてもなお性にしがみつこうとする老作家の悲しい性(さが)がじわりと浮かび上がり、そこに、真木さん演じる幽霊が加わることで、室生自身の生への執着やこの世への未練が緩やかに伝わってくるのだ。原作との違いも魅力的だ。高良健吾さん、永瀬正敏さんらも出演。4月1日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほか全国で公開。 (りんたいこ/フリーライター)
「のぞきめ」 板野友美の初主演作 のぞかれるという普遍的な恐怖を描くホラー
元AKB48の板野友美さんが初主演したホラー映画「のぞきめ」(三木康一郎監督)が4月2日に公開される。映画は、ホラー作家・三津田信三さんの小説(角川書店)が原作で、テレビ局の新米ADである主人公が、日常のあらゆる隙間(すきま)から視線を投げかけ、目が合った人間を恐怖のどん底に突き落とす怪異“のぞきめ”にまつわる事件の真相を追う。板野さんが三嶋彩乃を演じるほか、白石隼也さん、入来茉里さん、東ちずるさん、武田玲奈さん、吉田鋼太郎さんらが出演している。 テレビ局でADとして働く三嶋彩乃(板野さん)は、ある青年の怪死事件を取材する。青年は腹がよじれ、口から泥を吐き出した異様な姿が死んでおり、青年の恋人は「“のぞきめ”の仕業だ!」と恐怖に震えていた。2人は大学のサークルで山奥の合宿で、ある出来事に遭って以来、ずっと何かに“のぞかれている”気がしていたという。そして、関係者にも次々と“のぞきめ”の悲劇が起こり……というストーリー。 原作の小説が呪いや怪談を扱っていながらも、ミステリーとしても論理的な展開を見せる構成が秀逸だが、映画もまた謎解き要素を盛り込みつつ、恐怖心をあおってくる。恐怖にはさまざまな種類があるが、今作では「誰かに見られている」という日常的に存在する恐怖に焦点を当てているため、誰しもが想像しやすく思った以上にぞっとさせられる。ストレートな恐怖表現は要所要所にしか登場しないが、あらゆる場所に存在する数ミリの隙間(すきま)から視線を感じるという現象が肝になっているため、登場人物たちが建物の中にいるたびに、びくびくさせられてしまう。観念的な怖さを中心に描いているため、過激なホラー表現が苦手な人もサスペンス調のストーリーとして楽しめるはず。ラストの展開は切なさと怖さがあり、少々寒気がした。2日から角川シネマ新宿(東京都新宿区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)