「繕い裁つ人」 中谷美紀主演 ミシンの音が鳴り響く中で描かれる人間ドラマ
池辺葵さんの人気マンガが原作で、女優の中谷美紀さんが主演を務める映画「繕い裁つ人」(三島有紀子監督)が1月31日から全国で公開される。中谷さん演じる洋裁店の2代目主人と彼女を取り巻く人々が“服”を軸につながっていく作品で、登場人物たちの秘められた思いや情熱などが静かなトーンの中に包まれて進行する。恋愛要素もあるものの最近流行の“壁ドン”などに代表される少女マンガ原作ならではの“胸キュン”成分は少なめで、落ち着いた雰囲気で淡々と交錯する感情や人間模様が描かれている。 「南洋裁店」の2代目店主・南市江(中谷さん)は神戸のデパートに勤める藤井(三浦貴大さん)からブランド化の話を持ちかけられるが、“がんこじじい”とまでいわれる市江は先代の服の仕立直しや先代のデザインを流用した新作のみに没頭しており、一向に興味を示そうとしない。だが、「南洋裁店」に通いつめた藤井は市江の秘めた思いに気づいており、やがて藤井の言葉に市江の心は揺れ動き……というストーリー。中谷さん、三浦さんのほかに片桐はいりさん、黒木華さん、杉咲花さん、伊武雅刀さんらも出演している。 映画の中で際立っているのは音だ。始まりからラストまで一貫して静かなトーンで進行するが、それが逆に、市江が踏み続け断続的に鳴り響くミシンの音を何かのメタファーのように通奏低音として響かせている。あるいはその狂いなく一定のリズムで続く音は、口数は少なく物静かだが芯が強い市江の感情を表しているのかもしれない。もっとも、市江に限らず、淡々とした空気で進む作品の中には冗舌なキャラクターは出てこない。映画全体を通して説明は最小限に省かれており、中谷さんをはじめ出演者の細かい表情や仕草などが雄弁に登場人物たちの感情を物語っており、物足りなさは感じない仕上がりになっている。女性誌で連載していたマンガとはいえ昨今話題の“胸キュン”成分は薄めで、恋愛要素も「恋愛未満」という程度に抑えられているが、落ち着いた感情のやり取りが微笑ましく鑑賞でき好感が持てた。映画は31日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほか全国で公開。(河鰭悠太郎/毎日新聞デジタル)
「エクソダス 神と王」モーゼの英雄譚を科学的考察で描いたスペクタクル作
古くは「エイリアン」(1979年)、「ブレードランナー」(82年)、最近では「プロメテウス」(2012年)、「悪の法則」(13年)など、数々の話題作を生み出してきたリドリー・スコット監督が、旧約聖書の「出エジプト記」にある、モーゼがヘブライの民40万人を引き連れ、“約束の地”(カナン)を目指す話を、視覚効果と3D技術を駆使して作り上げた「エクソダス 神と王」が30日から全国で公開される。モーゼを演じるのは、「ダークナイト」3部作(05、08、12年)や「アメリカン・ハッスル」(13年)で知られるクリスチャン・ベールさん。モーゼの話といえば、1956年に製作された「十戒」が日本ではおなじみだが、海が二つに割れたあのシーンが今作ではどのように表現されているかが楽しみな人は多いだろう。 紀元前1300年。エジプトでは、ヘブライ人はエジプト人に虐げられて生きていた。国王セティ(ジョン・タトゥーロさん)のもとで王子ラムセス(ジョエル・エドガートンさん)と兄弟同然に育ったモーゼ(ベールさん)は、あるとき、ヘブライ人奴隷のヌン(ベン・キングズレーさん)から、自分がヘブライ人奴隷の子であることを聞かされる。やがてその話はラムセスの耳にも入り、モーゼはエジプトから追放されてしまう。数年後、「同胞を助けよ」という声に導かれたモーゼはラムセスのもとを訪れ、ヘブライ人の解放を求めるが…という展開。 まさに、「スペクタクル」という言葉がふさわしい作品だ。スタッフの一人が今作の製作規模について、スコット監督の過去の歴史大作「グラディエーター」(00年)、「キングダム・オブ・ヘブン」(05年)、「ロビン・フッド」(10年)の3本を足しても及ばないと語ったようだが、その言葉通りの仕上がりだ。ピラミッドや当時建設中のスフィンクスなどの歴史建造物を細部まで描き、また、ナイル川が血で染まり、カエルやイナゴが大量発生するなどの「10の奇跡」は、科学的な考察を取り入れて表現されている。カエルは400匹も用意されたというから驚く。モーゼに率いられた40万のヘブライ人がエジプトを後にする光景にも圧倒された。そして、「十戒」では二つに割れた海のシーンの今作における描写について、感想は人それぞれだろうが、個人的には「なるほどなあ」と納得できた。1月30日からTOHOシネマズ日劇(東京都千代田区)ほか全国公開。3Dも同時公開。(りんたいこ/フリーライター)
「マエストロ!」風変わりな指揮者とダメ楽団が再起を懸けて…
「神童」(2007年)などの映画化作品を手掛けたマンガ家、さそうあきらさんの同名マンガの実写映画化「マエストロ!」(小林聖太郎監督)が1月31日から公開される。謎の指揮者と負け犬オーケストラ団員たちが再結成を目指して奮起するヒューマンドラマだ。世界的指揮者の佐渡裕さんが、指揮指導と指揮演技監修として日本映画に初参加をしている。西田敏行さんと松坂桃李さんは今作が初共演。 バイオリニスト、香坂真一(松坂さん)のもとに、不況のあおりで解散した中央交響楽団から再結成の知らせが舞い込む。復活コンサートを1カ月後に控えた楽団は、引き抜きの話もない冴(さ)えない団員ばかり。おしゃべり好きの第2バイオリンの谷(濱田マリさん)、顔面神経痛のホルン奏者の一丁田(斉藤暁さん)、今回の再結成で突然現れたアマチュアのフルート奏者のあまね(miwaさん)。練習場は廃工場で、久しぶりに合わせた音は全く合っていない。そこに、謎の指揮者・天道徹三郎(西田さん)が現れて……という展開。 指揮棒代わりに大工道具を振りかざす風変わりな指揮者・天道。言いたい放題で団員たちのプライドをズタズタにするさまがコミカルにつづられる。天道はダメダメ楽団へのカンフル剤のようで、天道への反発をエネルギーに、団員たちはまとまっていく。一方、コンサートマスターの香坂は、自分と天道と間に関係があることに気づく。香坂を演じる松坂さんの上品なたたずまいが作風に合っている。バイオリンさばき(弾く演技)が本格的で、公演シーンで流れるベートーベンの第5交響曲「運命」とシューベルトの第7交響曲「未完成」は、佐渡さん指揮のドイツの名門ベルリン・ドイツ交響楽団の演奏だ。俳優たちの演技は、迫力のある音に負けておらず、さまざまなカットから撮られ、緊張感の高まりが画面からうかがえる。映画初出演のシンガー・ソングライターmiwaさんが、天道と団員たちの触媒となるあまね役を、無邪気に演じている。丸の内ピカデリー(東京都中央区)ほかで31日から全国で公開。(キョーコ/フリーライター)
「ドラフト・デイ」アメフットのドラフト会議の駆け引き描くケビン・コスナー主演作
ケビン・コスナーさん主演の映画「ドラフト・デイ」(アイバン・ライトマン監督)が1月30日から全国公開される。ドラフト会議といえば日本ではプロ野球でおなじみだが、今作ではアメリカンフットボール(アメフット)のプロリーグNFLのもの。NFLに所属する弱小チームのゼネラルマネジャー(GM)が、選手獲得のために粉骨砕身する姿を、ドラフト会議開始の12時間前から描いていく。 サニー・ウィーバーJr.(コスナーさん)が、NFLに所属するクリーブランド・ブラウンズのGMに就任して2シーズンが過ぎた。チームの成績は奮わず、ウィーバーは今季こそはと意気込んでいる。そのためには、12時間後に迫ったドラフト会議で大物ルーキーを獲得することが必須だった。会議開始の時間が刻々と迫る中、ウィーバーは、ライバルチームのGMからの提案や、ブラウンズの指名を望む選手らからの売り込みの電話をさばき、時に監督やコーチらと対立しながら動いていく。果たしてウィーバーは、欲しい人材を獲得することができるのか……というストーリー。 アメフットが題材だが、試合風景は回想シーンを除いて出てこない。ドラフト会議の模様(実際のドラフト会議を利用して撮影されたという)と、そこに至る12時間を描いたに過ぎない。しかし、ライバルチームのGMとの駆け引きや根回し、オーナーの横やりやスタッフとの軋轢(あつれき)、さらに狙った選手の隠された人物像など、さまざまなエピソードが盛り込まれ、十分に手に汗握る展開になっている。もう一つの見どころは、端正な風貌に渋みと貫録が加わったコスナーさんの演技を満喫できる点。最近は「マン・オブ・スティール」(2013年)や「エージェント:ライアン」(14年)といった作品での脇役での出演が増え、「これもスターの世代交代か……」と一抹の寂しさを覚えていただけに、今作での彼の活躍はうれしかった。「指名権トレード」や「10分間の指名タイム」といったドラフト会議のルールを利用し、緊張感が持続する作品に仕上げたのは、「ゴーストバスターズ」シリーズ(1984、89年)で知られるアイバン・ライトマン監督。ほかに、ジェニファー・ガーナーさんやフランク・ランジェラさん、エレン・バースティンさんらが出演している。30日からTOHOシネマズ日本橋(東京都中央区)ほか全国で公開。 (りんたいこ/フリーライター)
「深夜食堂」深夜ドラマの映画版 郷愁をそそる料理と人間模様を丁寧に紡ぐ
安倍夜郎さんの同名マンガの劇場版「深夜食堂」(松岡錠司監督)が、31日から公開される。主演はドラマに引き続き小林薫さん。「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(2007年)の松岡監督が、小さな食堂にやって来るワケありの客たちの涙と笑いの人生模様を丁寧に紡ぎ出した。 繁華街の深夜。路地裏にある小さな食堂「めしや」が営業中。メニューは酒と豚汁定食だけだが、常連客は思い思いの料理を注文する。ある日、店に置き去りになった骨つぼを預かることにしたマスター(小林さん)。常連客は骨つぼの話に花を咲かせている。年下の客のはじめ(柄本時生さん)とくっつく女性客たまこ(高岡早紀さん)、無銭飲食が縁となって住み込みで働くことになった若い女性みちる(多部未華子さん)、その女性にほのかな思いを寄せる地域のおまわりさん(オダギリジョー)、福島の被災地からやって来た謙三(筒井道隆さん)……。さまざま人の思惑が店内でからみながら、季節が巡っていく……という展開。 食堂にさまざまなワケあり客が集まってくる。客が抱えるものはどれも深刻。だが、マスターは余計なことはいっさい言わない。哀愁を漂わせて微笑むだけ。まるでカウンセラーのような役割で、客の思いを受け止めていく。こぢんまりとした空間で温かい料理を食べる居心地のよさが伝わってきて、見ていてとても気持ちいい。映画はいくつかのエピソードからなっているが、迷う若者が旅立つパートに出演している多部さんが爽やかだ。情けはかけるが甘やかし過ぎないマスターの若者との距離の取り方も絶妙。ナポリタン、とろろご飯、オムライス、卵焼き……香りまで漂ってきそうな郷愁をそそる料理の数々は、「東京タワー~」でも松岡監督と組んだフードスタイリストの飯島奈美さんが手がけている。ドラマは移ろいゆく四季とともに流れ、涙と喜びに彩られる人間のささやかな営みをいとおしく包み込む。余貴美子さん、田中裕子さん、菊池亜希子さん、綾田俊樹さん、松重豊さん、光石研さん、安藤玉恵さんら出演者も多彩だ。31日から新宿バルト9(東京都新宿区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)