「日本で一番悪い奴ら」綾野剛主演 スクリーンからはみ出す勢いで描く刑事の不正
警察幹部が覚せい剤所持などで逮捕され、“日本警察史上最大の不祥事”と呼ばれる実在の事件をベースにした「日本で一番悪い奴ら」(白石和彌監督)が、6月25日から公開される。あらゆる悪事に手を染めた刑事の26年間が、テンポよくつづられていく。主演の綾野剛さんが体当たりの演技を見せている。 北海道警の刑事になった諸星要一(綾野さん)は、強い正義感の持ち主だが、うだつのあがらない日々を送っていた。ある日、先輩刑事の村井(ピエール瀧さん)に、裏社会に飛び込んでS(スパイ)を作って点数を稼げと教えられ、その通りにやって暴力団組員逮捕の功績を上げる。幹部の黒岩(中村獅童さん)とパイプができた諸星は、裏社会の情報を提供されながら出世街道を進んでいくのだが……という展開。 実話がベースになっているため、面白さ倍増だ。描かれるのは、世間に知らせてはならない敏腕刑事の黒履歴の数々。出世への道は、覚せい剤と拳銃所持の検挙数を上げること。やらせ逮捕やおとり捜査に、上司もギリギリまで目をつぶっているのだから驚く限りだ。結果を得るために、バンバン不正行為に走っていく男の仕事ぶりは、豪快、痛快! 綾野さんのすごみの利いた演技は、スクリーンからはみ出しそうな勢いで、ドーパミンが出まくっている感じ。裏社会と密通して上り調子になっていく姿から、堕ちて空気がしぼむさままで、一人の男の26年間の狂騒を思いっきり演じ切っている。 映画は諸星が意気揚々と職に就くところから始まるが、そこに深い意味を感じる。そう、誰もが社会に出るときはまっさらで前向きだ。諸星は特別な男ではなく、人間の持つ欲望の延長線上にいる人物。その行為のすべてを正義感が後押ししているから抜け出せなかったのかもしれない。原作は、北海道警察に実在した刑事・稲葉圭昭さんの手記「恥さらし 北海道県警 悪徳刑事の告白」。脚本の池上純哉さんが書店で目にして、企画が始動したという。過激な内容のため、暗礁に乗り上げていたそうだが、「凶悪」(2013年)の白石監督とタッグを組み、映画化にこぎ着けたという。映画は25日から丸の内TOEI(東京都中央区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)
「嫌な女」 黒木瞳初監督作は木村佳乃&吉田羊がW主演 不器用な女性の心情描く
女優の黒木瞳さんが初監督を務めた映画「嫌な女」が6月25日に公開される。桂望実さんの小説が原作で、黒木さんと鈴木保奈美さんが共演してドラマ化もされている。映画は、男をその気にさせる天性の詐欺師・小谷夏子役を木村佳乃さん、遠縁でまじめ一徹の弁護士・石田徹子を吉田羊を演じてダブル主演を務め、対照的な2人の女性が向き合い、人生をかみ締めていく姿を描く。歌手の竹内まりやさんが2012年に発表した「いのちの歌」が主題歌に採用されている。 一流大学を卒業し、ストレートで司法試験に合格、結婚もしている弁護士・徹子(吉さん)は、順風満帆に見える生活を送りながらも心が満たされないため、仕事も夫婦生活もうまくいかずに孤独を感じていた。ある日、同い年のいとこの夏子(木村さん)が「婚約破棄で慰謝料を請求されている」と相談にやって来る。徹子は夏子とは長い間会っていなかったが、実は昔から徹子は夏子のことが苦手で、久しぶりの再会をきっかけに、夏子に振り回され……というストーリー。 黒木さんの初監督作にして、木村さんと吉田さんがダブル主演という豪華な布陣の今作は、対照的な2人の女性が影響し合いながら成長していく物語は、軽やかなタッチで描かれていて素直に楽しめる。建前と本音の使い分けが大事なことが分かっていても、不器用な夏子と徹子の切なさが痛すぎるほど心に響いてくる。ドラマ「僕のヤバイ妻」(フジテレビ系)での怪演が記憶に新しい木村さんのはじけっぷりと、お堅い雰囲気と地味さにあふれる吉田さんのそれぞれの配役が驚くほどはまっている。女性監督ならではの視点によるこまかやな気遣いと演出が利いていて、美しい映像も楽しめる。25日から丸の内ピカデリー(東京都中央区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「二重生活」 門脇麦が単独初主演 多数の視線が交差し心の空虚さが浮かび上がる
門脇麦さんが単独初主演をした「二重生活」(岸善幸監督)が6月25日から公開される。直木賞作家・小池真理子さんの同名小説が原作で、フランスのアーティストであるソフィ・カルさんの著書「本当の話」にある“哲学的尾行”をモチーフに、他人を尾行する女子学生の心の動きを繊細に見せていく。 大学院で哲学を学ぶ珠(門脇さん)は、ゲームデザイナーの卓也(菅田将暉さん)と同居している。担当教授(リリー・フランキーさん)に修士論文の題材として“哲学的尾行(理由のない尾行)”を薦められた珠は、街で偶然見かけた向かいの豪邸に住む石坂(長谷川博己さん)を尾行し始める。それは、対象者に接触しないことをルールに、生活の記録をつけながら、人間とは何かを考察するというものだった。尾行途中で石坂の不倫現場を目撃してしまった珠は、のぞき見ることにのめり込んでいく……という展開。 大学院生の珠は、同居中の恋人との仲もアツアツという感じではなく、互いに背中合わせの机でそれぞれのことをしており、少し渇いている。珠は、物事を俯瞰(ふかん)で見るような目つきをしている。そんな彼女にうってつけの課題を教授が与える。他人を尾行しながら、人間について考察すること。珠の視点を通して、尾行対象者である男の顔が映し出される。編集者としての顔。よき家庭人としての顔。そして、不倫する男の顔。誰もがそうだが、一人の人間にはいろいろな顔がある。珠は尾行をするうちに胸の高鳴りを覚えていく。男と男の妻と愛人の修羅場をのぞいてからは、尾行の意味合いに変化が生まれる。珠は、対象者ではなく、妻の後をつけてしまうのだ。このあたりから、珠は一体何を見ていくのだろうかと、こちらの好奇心も刺激される。 この映画は、たくさんの視線が交差する。珠は石坂夫婦を見る。珠の恋人の卓也は、ベッドで眠る珠を見る。珠と卓也はアパートの管理人のおばさんと監視カメラに見られている。珠の教授も何かを見ている。そして、観客も珠を見ている……。互いの視線が合わずに、交差すればするほど、心の空虚さ、寂しさが浮かび上がる。珠が、他人を見ることでどう変わるのか。彼女の表情の変化にも注目していただきたい。登場人物の心理を巧みに表現した岩代太郎さんの音楽がとても心地いい。25日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)
「ふきげんな過去」 小泉今日子と二階堂ふみがW主演 独特の空気が流れる異色作
小泉今日子さんと二階堂ふみさんがダブル主演した「ふきげんな過去」(前田司郎監督)が6月25日から公開される。劇団「五反田団」を主宰する劇作家の前田さんによるオリジナル作品。退屈した女子高生の前に死んだはずの伯母が現れたひと夏を描いている。 18歳の果子(二階堂さん)は、退屈でつまらない毎日を送っていた。そこから抜け出す手立ても見つからない。実家は東京・北品川にあるエジプト風豆料理屋。祖母・サチ(梅沢昌代さん)、母・サトエ(兵藤公美さん)、父・タイチ(板尾創路さん)、いとこのカナ(山田望叶さん)と過ごす変わりばえのない毎日だったが、家族の前に、18年前に死んだはずの伯母の未来子(小泉さん)がひょっこり現れる。未来子は果子が小さかった頃、爆破事件を起こしたことがあったといい、何かに追われているらしい。部屋に転がり込んだ未来子と衝突する果子は……という展開。 全編、独特の空気が流れている。二階堂さんが演じる果子は、死ぬほど退屈でとことんアンニュイだ。繰り返される豆をむく作業が、日常の退屈さを物語る。そこへ、前科持ちだという未来子が現れ、その空気を壊していく。しかし、死んだはずの人間の登場に、ドラマチックな展開はさほど見られない。未来子と家族にとっては、18年前の日常の続きが始まったにすぎないようなムードが漂う。大人は、さまざまなことをなかったことにできるものなのだろうか……。大人になる手前のイライラを募らせながら、傘をズルズルと引きずって歩く果子は、伯母さんに心をかき乱されていく。 だが、見ている側からすると、果子と未来子は相似形に見える。文字通り、果子は未来子の「過去」であり、未来子は果子の「未来」のようだ。夜、果子たちが歩きながらいつのまにか森に入っていくシーンは、日常とファンタジーが見事に地続きとなり、時間がゆがんだような不思議な感覚が広がる。「ジ、エクストリーム、スキヤキ」(2013年)に続いて2作目、前田監督のオリジナル脚本。ムーンライダーズの岡田徹さんが前作に引き続き、主題歌と音楽を担当している。25日からテアトル新宿(東京都新宿区)ほかで公開。(キョーコ/フリーライター)