「蜩ノ記」 切腹を控えた武士の気高い生き方を描く
直木賞を受賞した葉室麟(はむろ・りん)さんの時代小説が原作の映画「蜩ノ記(ひぐらしのき)」(小泉堯史監督)が10月4日から公開される。不義密通の罪で切腹を命じられた武士とその監視を任された青年武士の交流が、美しい日本の四季とともに描かれ、今作が初共演となる俳優の役所広司さんと人気グループ「V6」の岡田准一さんが絶妙な距離感で師弟関係を演じ、人の気高さとは何かを問いかける。 映画は、城内で刃傷騒ぎを起こした檀野庄三郎(岡田さん)が、疎村に幽閉される戸田秋谷(役所さん)の監視を命じられることから幕があける。7年前に藩主の側室と不義密通の罪を犯した秋谷は、切腹までの10年間で藩主・三浦家の歴史をつづった「家譜」を完成させるよう命じられていたのだ。逃走を図るのではという藩の予想に反し、秋谷は家譜の完成と「蜩ノ記」と名づけられた日記を書くことを生きる目的とし、妻の織江(原田美枝子さん)、息子の郁太郎(吉田晴登さん)、娘の薫(掘北真希さん)と穏やかな日々を過ごしていた。庄三郎は秋谷と寝食を共にするうち、秋谷の誠実な人柄に感銘を受け、7年前の事件について調べ始める。そして藩を揺るがす重大な事実にたどり着く……というストーリー。 愛する者を残しながら一人死にゆく悲しみを、役所さんが静かな怒りとほほ笑みで表現し、感情を抑えた演技がかえってその“痛み”を引き立たせる。時代劇にはめずらしく際立ったヒールが登場しないところが今作の持ち味で、大げさな展開や殺陣シーンはないものの登場人物の感情の揺らぎが丁寧に表現され、心にしみ入る。父の過酷な運命を受け入れられずにいた息子の郁太郎が、庄三郎と過ごす日々の中で、強さとは何かを知り、庄三郎の力を借りながら武士として、また一人の男として成長していく姿も見どころ。喪失の痛みを乗り越え自立した青年へと変化していく息子に、秋谷は何を語るのか。 黒澤明監督の助監督を長年務めた経験を持つ小泉監督は、心優しい武士を描いた時代劇「雨あがる」(2002年)がベネチア国際映画祭の緑の獅子賞を受賞するなど、繊細な人物描写で知られる。今作では黒澤組ゆかりのスタッフを再集結させ、一人の武士の最期を通して師弟愛、家族愛を切なくも美しく描いた。脇を固める青木崇高さんや寺島しのぶさんらの名演も必見。「蜩ノ記」は4日から全国で公開。(伊藤野々子/毎日新聞デジタル)
「太陽の坐る場所」 同級生への嫉妬や羨望を浮かび上がらせる
直木賞作家・辻村深月さんの同名ミステリー小説が原作の「太陽の坐る場所」(矢崎仁司監督)が10月4日から公開される。水川あさみさんと木村文乃さんをメインキャストに、同級生同士の関係を見せながら、誰もが経験したことのある友達への羨望(せんぼう)と嫉妬や悪意、心の痛みを繊細に浮かび上がらせる。矢崎監督は、辻村さんと同じ山梨県出身で、ほとんどが山梨で撮影された。 高校卒業から10年。響子(水川さん)は地元の地方局アナウンサーとして活躍するものの、満たされない日々を過ごしていた。地元ではちょっとした有名人だが、クラス会で話題になるのは、東京で女優として活躍する今日子(木村さん)の方だった。高校時代、響子にとって今日子は自分の陰にいるべき存在だった。学校の人気者でクラスの女王として君臨していた響子(古泉葵さん)は、同じ名前の転校生の今日子(吉田まどかさん)に「リンちゃん」というあだ名を与える。いつもそばにいた2人だったが、ある事件をきっかけに関係が少しずつ変化していく……。同じく同級生で今は地元銀行の東京支店に勤める島津(三浦貴大さん)は、幹事として毎年クラス会を催してきた。女優の今日子に出席してもらいたく、自ら交渉に出向く。交流が途絶えていた響子と今日子は、クラス会で再会を果たすのか……という展開。 同じ名前を持つ2人の女性を軸に、人間の成長にともなう嫉妬や羨望の感情を浮き彫りにしていく。高校時代、みんなの上に立って欲しいものを手に入れてきた響子は、今や過去のオーラを失っている。一方、陰の存在だった今日子は、キョウコという芸名で女優になった今、堂々として風格さえ漂わせている。水川さんと木村さんのキャスティングが絶妙だ。過去から続いている心のわだかまりが見え隠れし、2人の間に緊張感が漂う。高校時代を演じる新人女優の古泉さんと吉田さんも魅力的。「勝ち負け」にこだわる女性ならではの心のドス黒さともの悲しさが、ほとんど内に秘められた形で描かれた末、白日の下にさらされる。その衝撃は、光あふれる映像の中で残酷で痛々しい。身近な存在に抱いてしまう虚栄心。女性同士のヒエラルキー(マウンティング)。誰もが経験したことのある人間の負の感情を真正面から見つめ出し、見る者の心を揺さぶってくる。主題歌は藤巻亮太さんの「アメンボ」。有楽町スバル座(東京都千代田区)ほかで4日から公開。(キョーコ/フリーライター)
「ミリオンダラー・アーム」 実話を基にしたインド初のメジャーリーガー発掘物語
インド初のメジャーリーガーを発掘したスポーツエージェントのJB・バーンスタインさんの実話を基に映画化した「ミリオンダラー・アーム」(クレイグ・ギレスピー監督)が10月4日に公開される。映画は、崖っぷちのスポーツエージェントが、インドで「ミリオンダラー・アーム(100万ドルの剛腕)」の原石ともいえる投手を発掘し、メジャーリーグのマウンドでデビューさせるまでを描いている。男たちの心情を中心に、二転三転しながらも進んでいく爽快なサクセスストーリーだ。 スポーツエージェントのバーンスタイン(ジョン・ハムさん)は、アメフットの超有望選手を獲得寸前にライバル企業に横取りされるなど、すべての契約を失う。ある夜、バーンスタインは、野球の未開の地インドで豪速球投手を発掘し、同国初のメジャーリーガーを誕生させる計画を思いつく。インドに渡り、地方テレビ局と組んで「ミリオンダラー・アーム(100万ドルの剛腕)」という番組を企画。集まった若者の中から、リンク・シン(スラージ・シャルマさん)とディネシュ・パテル(マドゥル・ミッタルさん)が選出され、バーンスタインは2人を米国に連れて行くが……という展開。 実話を基にした映画と聞き、感動物語の期待値がいやが応にも高まるが、今作は予想以上に驚きと感動を与えてくれる。インド人のメジャーリーガーがいることにもびっくりしたが、その発掘の仕方も奇想天外で、本当にこれが実話なのかと疑ってしまう。“事実は小説よりも奇なり”を地でいくような展開からは、1秒たりとも目が離せない。野球が題材とはなっているが、スポーツ界の内幕を描くというよりは、心情をじっくりと描いた深い人間ドラマに仕上がっており、野球を知らなくても存分に楽しめる。楽曲についてもインドテイストと米国の最新ポップスの要素が融合し、場面ごとにマッチした楽曲が感情をかき立てる。エンディングに流れる実物の映像とコメントにはグッとさせられる。TOHOシネマズ六本木ヒルズ(東京都港区)ほか全国で公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「レッド・ファミリー」 毒と愛がたっぷり詰まったキム・ギドク脚本の異色作
“韓国の北野武”とも呼ばれるキム・ギドク監督が製作と脚本を担当した映画「レッド・ファミリー」(イ・ジュヒョン監督)が、10月4日から全国で順次公開される。北朝鮮のスパイが任務遂行のために仲むつまじい家族を装うという異色作。2013年開催の東京国際映画祭で観客賞を受けた今作は、コメディーでありながらチクチクと胸が痛む、なんとも奥が深い作品だった。 “妻役”のベク(キム・ユミさん)、“夫役”のキム(チョン・ウさん)、“祖父役”のチョ(ソン・ビョンホさん)、“娘役”のオ(パク・ソヨンさん)。彼らは、家族のふりをして任務を遂行する北朝鮮のスパイだ。隣に暮らすのは、ケンカばかりの韓国人一家。隣人が起こすトラブルに巻き込まれるうちに、ベクたち4人は“本物の家族”に憧れを抱き、自分たちの任務に疑問を持ち始める。そんな中、手柄を立てようとベクが取った行動が裏目に出て、4人は窮地に立たされてしまう……という展開。 キム監督が書いた脚本には、毒がたっぷり含まれている。しかしその裏には、国家権力の犠牲になっている“北”の同胞への愛が感じられる。「堕落した資本主義の典型」である隣人たちは、ベクたちの正体を知らずに金正恩をこき下ろす。それを聞き、国の最高指導者を必死に弁護するベクたち。異国の人間は笑って見ていられるが、韓国や北朝鮮の人たちはさぞかしヒヤヒヤしながら見ていたのではないかと、こちらが心配してしまうほどだ。北朝鮮という国の不可解さ、そこから送られてくるスパイ。彼らが映画で描かれている通りなら、気の毒としか言いようがない。そうした同情心を起こさせながらコミカルに表現してみせたのは、キム監督からの指名でメガホンをとり、今作が長編映画初監督作となったイ監督。決して興味本位の内容になっていないのは、彼もまた南北分断を憂いているからだろう。“南”を代表する隣の夫婦をどこまでも愚かに描いているのも逆説的で面白い。能天気な隣の一家とは対照的に、ベクたちが最後に選んだ道には心が揺れた。新宿武蔵野館(東京都新宿区)ほかで4日から全国で順次公開。(りんたいこ/フリーライター)
「小川町セレナーデ」 安田顕のオネエぶりとスナックの魅力が詰まった心温まる物語
女優の須藤理彩さんが主演を務め、俳優の安田顕さんが初めて“オネエ”の役を演じることで話題の「小川町セレナーデ」(原桂之介監督)が10月4日に公開される。映画は、とある町のスナックを舞台に、母が経営するスナックが借金のため閉店間際と知った娘が、店を立て直すべく奮闘する姿を描く。須藤さん演じるスナックのママをはじめ、常連客ら個性的だがどこかにいそうな登場人物たちが、笑えてほんわかとする心温まるストーリーを展開していく。 とある町にたたずむ「スナック小夜子」は、どこか懐かしい雰囲気を持ち、毎夜、常連客が訪れる。スナックのママ・真奈美(須藤さん)はシングルマザーとして娘の小夜子(藤本泉さん)を育てていた。高校卒業後に東京で一人暮らしをしていたが実家へと戻ってきた小夜子は、店が借金だらけで閉店間近なことを知り、隣町で大人気のオカマバー「シャープ」をまねて“偽オカマバー”として再起を決意。真奈美に猛反対された小夜子は、母の昔の友人で、オネエのエンジェル(安田さん)に助けを求め……という展開。 オネエに扮(ふん)しているけれど本当は女性、オネエなのに父親と個性的すぎるほど濃いキャラクターがこれでもかと出てくる。好き嫌いは分かれそうな設定だが、いざ見てみると、おかしくて楽しい中にハートウォーミングな物語が織り込まれ胸がジーンとさせられる。“偽オカマバー”という意表を突く発想を軸に物語は進み、場末のスナックの持つ独特の魅力や母親のたくましさ、男と女に加えてオネエの持つパワーなどをメランコリックに描きつつ、それぞれのよさを引き出している。人はいろいろなものを背負って生きていることを改めて考えさせられ、家族の大切にも気付かせてくれる。もちろん、新境地を開いた安田さんのオネエぶりは絶妙で、映画内での源氏名の“エンジェル”がピタリとはまっている。角川シネマ新宿(東京都新宿区)ほか全国で順次公開。(遠藤政樹/フリーライター)
「悪童日記」 ベストセラー小説が初の映画化 双子の目を通して見える大人の身勝手さ
1986年にフランスで出版され、40カ国以上の国で翻訳され日本でもベストセラーになったハンガリー出身の亡命作家アゴタ・クリストフによる同名小説を初めて実写映画化した「悪童日記」(ヤーノシュ・サース監督)が、10月3日から全国で公開される。主人公の双子を演じるのはアンドラーシュさんとラースローさんの双子のジェーマント兄弟で、ハンガリーのすべての学校を回り、半年間かけて見つけ出されたという逸材だ。 クリストフが母国語のハンガリー語ではなく、亡命先で仏語で書いた同名小説が原作。第2次世界大戦末期「大きな町」から「小さな町」に疎開してきた双子の兄弟は人々から“魔女”と呼ばれる粗野でケチな祖母と暮らすことになる。双子の“僕ら”は目に映った事実だけをノートに克明に記しながら、過酷な現実を生き抜くために肉体と精神を鍛えていく……という展開。 劇中でも美少年と称される双子の“僕ら”は、肉体的な痛みに慣れるために互いに殴り合い、空腹に慣れるために断食をし、精神を鍛えるために大好きだった母からの手紙や写真を焼くという“訓練”を繰り返す。感情を封印し、「死」さえも慣れようとする双子はどんどん人間らしさを失っていくように見える。と同時に、双子の目を通して見えてくる大人の身勝手さやずるさなど“人間のいやらしさ”がじわじわと浮き彫りになる。ナチスドイツの軍隊によって強制連行されるユダヤ人を指して、「やつらは獣なのよ」と言い放つ女性や自分より弱い者をいたぶる大人たち……。約70年前の戦時下の異国の話ではあるが、この作品で描かれている異質なものを排除しようとするような人間の“暗部”は現代の世にも通じているように感じた。戦争が終わっても双子が歩く道は険しそうだが、クリストフが残した「どこにいたとしても、どの言葉を使ったとしても、書くことをやめなかった」という言葉が双子の姿と重なり、力が湧いてくる。TOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区)ほかで3日から公開。(堀池沙知子/毎日新聞デジタル)