「三度目の殺人」福山、役所、すずが是枝監督の法廷心理サスペンスを重厚に彩る
歌手で俳優の福山雅治さんが主演する映画「三度目の殺人」(是枝裕和監督)が9月9日からTOHOシネマズスカラ座(東京都千代田区)ほかで公開。これまでホームドラマを中心に撮ってきた是枝監督が、オリジナル脚本で描く法廷心理サスペンスだ。福山さんが演じる弁護士と殺人容疑で起訴された男(役所広司さん)が接見室のガラス越しに対峙(たいじ)するシーンの緊張感とリアリティーに圧倒させられる。福山さん、役所さんに加え、被害者の娘を演じた広瀬すずさんの3人のキャストの演技が、重厚なストーリーを立体的に彩り、極上のサスペンスに仕上がった。 勝ちにこだわる弁護士・重盛(福山さん)は、解雇された工場の社長を殺し、火をつけた容疑で起訴された男・三隅(役所さん)の弁護をやむを得ず担当することになった。30年前にも殺人の前科がある三隅はすでに犯行を自供し、死刑が決まったような裁判だったが、無期懲役に持ち込むために調査を進めるうち、重盛は違和感を覚えるようになる。会うたびに動機さえもころころ変わる三隅の供述に、やがて重盛は「事件の真実を知りたい」と思うようになる……というストーリー。広瀬すずさんが三隅と事件前に頻繁に会っていた被害者の娘・咲江を演じているほか、斉藤由貴さんが被害者の妻を、吉田鋼太郎さんと満島真之介さんが重盛とともに三隅の弁護を担当する弁護士を演じる。事件の担当検察官役で市川実日子さん、重盛の父役で橋爪功さんも出演する。 福山さんは「そして父になる」以来4年ぶり、広瀬さんは「海街Diary」以来2年ぶりの是枝監督の作品への出演。役所さんは初参加だが、以前から是枝監督とは面識があり、監督の作品に出演したいという思いが強かったようだ。その3人が是枝監督と共に重厚な法廷心理サスペンスに挑んだ。福山さんは昨年の「SCOOP!」(大根仁監督)とはうって変わって硬派な弁護士を、髪形とスーツをビシッとキメて好演。接見室での三隅に向かって「今度こそ本当のことを教えてくれよ!」と迫るシーンは勝ち続けてきた男の心の迷い、揺れが見事に表情に表れていた。福山さんと初共演という同郷(長崎県)の役所さんは、真実を語ろうとしない三隅の不気味さをリアルに体現した。広瀬さんは、他の作品で見せていた“元気キャラ”を封印し、暗い秘密を抱えた女子高生を熱演している。 今作は是枝監督が「法廷は真実を明らかにする場所ではない」と弁護士に聞いたことに端を発しているという。では真実とはどこにあるのか。二度殺人を犯した男の「三度目の殺人」とは? その意味を知ったとき、観客も自身の“正義”について深く考えさせられるだろう。(細田尚子/MANTAN)
「ダンケルク」ノーラン監督作 陸海空で展開する映像の見事な融合は感動もの
「インセプション」(2010年)や「インターステラー」(14年)などの作品で知られるクリストファー・ノーラン監督の最新作「ダンケルク」が、9月9日からTOHOシネマズ日本橋(東京都中央区)ほかで公開。第二次世界大戦中の仏ダンケルクを舞台に、ドイツ軍に追い詰められた英仏連合軍約40万人の兵士の救出作戦を描いている。陸、海、空、それぞれの時間経過と視点で進む物語は、途中、見事な融合を遂げる。ノーラン監督の手腕に感嘆するとともに、生還することの意義や命の尊さを改めて思い知らされた。 1940年5月、英仏連合軍40万人の兵士は、ドイツ軍によって仏北端の港町ダンケルクに追い詰められていた。彼らの救出に向かおうにも、遠浅の浜辺に大型艦船が近づくことができない。絶望的な状況を打破したのは、漁船や貨物船など民間の小型船だった。かくして史上最大の撤退作戦「ダイナモ作戦」が展開していく……というストーリー。「ワン・ダイレクション」のハリー・スタイルズさんが英兵士の一人に扮(ふん)しているほか、英海軍中佐をケネス・ブラナーさん、民間船の船長をアカデミー賞俳優マーク・ライランスさん、英戦闘機スピットファイアのパイロットをトム・ハーディさんが演じている。 ダンケルクの防波堤で救出を待つ兵士たち(陸)、救出に向かう民間船の船員(海)、彼らを援護する戦闘機のパイロット(空)とでは、時間が経過する速度の感じ方が違う。その違いを利用した独特の構成に、正直、最初は戸惑ったが、三つの時間が合致したとき、見事な融合に感動した。ブラナーさん演じる中佐が目にした光景に胸が熱くなり、防波堤で救助を待つ兵士や民間船を援護するスピットファイアに声援を送り、そのときどきの光景やせりふに心を動かされた。特に印象深かったのは、一人の老人が若い兵士に掛けた言葉で、戦争の不条理と生き残る意義を痛感させられた。 撮影にはIMAXカメラと65ミリフィルムが使用された。ダンケルクの防波堤は復元され、何千人ものエキストラが撮影に参加。当時のスピットファイア3機も海峡上空を飛んだという。リアリズムを重視するノーラン監督ならではの手法だ。試写室で観賞し、それでも十分引き込まれたが、没入感や臨場感の観点でいうと、可能な限り、IMAXでの観賞をお勧めする。(りんたいこ/フリーライター)
「散歩する侵略者」松田龍平と長澤まさみが夫婦役で初共演 平穏な日常が宇宙人に侵略される!
「クリーピー 偽りの隣人」(2016年)などで知られる黒沢清監督の最新作「散歩する侵略者」が、9月9日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほかで公開。劇作家・前川知大さん率いる劇団イキウメの同名舞台を映画化。ある夫婦を軸に、穏やかだった日常が徐々に宇宙人に“侵略”されていく物語。侵略者に乗っ取られた夫を松田龍平さんが、夫の異変に立ち向かう妻を長澤まさみさんが初共演している。SF、アクション、ラブストーリーなど一つのジャンルにとどまらず、見たことのないような新たな世界が目前に広がる。 加瀬鳴海(長澤さん)と加瀬真治(松田さん)の夫婦仲は冷え切っていた。ある日、行方不明だった真治が帰宅。これまでとは別人のように優しくなった真治は、散歩に出かけてばかりいる。一方、町で起きた一家惨殺事件を追っていたジャーナリスト・桜井(長谷川博己さん)は、取材で出会った若者たち(高杉真宙さん、恒松祐里さん)が奇妙なことに気づく。平穏だった日常が少しずつ変わり始める……というストーリー。 舞台は、どこにでもあるような地方都市。宇宙からやって来た侵略者が、地球人から「家族」「仕事」「所有」「自分」などの「概念」を奪っていく。北欧のようなクールな風景の中、平凡な町がジワジワと変化していくさまが不気味だ。社会の変化に無関心な現代社会を見事に映し出している。侵略者による混乱と並行して語られるのが、普通のよくいる一組の夫婦の物語。世界の崩壊の加速とともに、夫婦の関係性、絆が強まっていくところがスリリングに描き出されている。夫への怒りから一転、大きな強い愛で立ち向かっていく妻を長澤さんがなりふり構わず全力で演じた。また、侵略者に乗っ取られた夫を演じる松田さんは飄々(ひょうひょう)とした持ち味でハマり役。そのほか、人間臭いジャーナリスト役に長谷川さん、「仮面ライダー鎧武」の高杉さん、前田敦子さん、東出昌大さんらが出演している。 「岸辺の旅」(15年)で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞するなど欧州で熱狂的なファンを持つ黒沢監督。今作も第70回の同映画祭同部門に正式出品された。原作者の前川さんが書いた小説を読み、「映画っぽい物語だ」と思った黒沢監督が、米ハリウッドの「宇宙人の侵略もの」のスタイルを下敷きにしながら、日常の物語の延長線上に落とし込み、クスリと笑いも含ませて、斬新なエンターテインメント作に仕上げている。(キョーコ/フリーライター)